錬結用の刀とねんへしの話 / 番外篇 - 1/3

授かりもののお取り扱いはしておりません

 


 ねんへし、と呼ばれる人形がその本丸に来てから一年以上が経った。へし切長谷部を模した土人形は、元となった男士の性格を反映してか、主にはこと忠実である。なお、この場合の主とは男士たちを束ねる審神者ではなく、審神者の従者たる燭台切光忠を指した。

 どういった経緯で燭台切がねんへしの主の座に納まったかは割愛する。少なくとも主従の仲はいたって良好で、公私問わず互いへの信頼は厚い。それこそ各々のこいびとが羨むくらいには、両者の間に特別な空気が流れていた。

 この本丸には燭台切光忠とへし切長谷部が二振りずついる。二振り目の顕現は暗黙のうちに禁じられていたのだが、とある騒動を経て錬結用の刀が再び人の身を得ることになった。その刀こそ二振り目の燭台切であり、彼を密かに励起させたのが二振り目の長谷部だった。これまた詳しい経緯は省くが、近侍の燭台切は二振り目の長谷部と、二振り目の燭台切は一振り目の長谷部――ねんへしと恋仲にある。

 予め言っておくと、二振り目の燭台切が風変わりな性癖を持っているわけではない。嘗ては掌サイズだったねんへしだが、今では刀のへし切長谷部と寸分違わぬ体格を得ている。お陰で彼のこいびとが独り遊びに励むことなく、夜の営みも順調に行われていた。近侍曰く、最近の若者は乱れている、だそうである。初恋を拗らせた男の意見はさておき、二組のこいびとたちは穏やかな日常を楽しんでいた。

 外は蝉時雨が降り注いでいる。畑当番の苦悩を思いながら、近侍は編集を終えたファイルを保存した。後ろで控えていた従者がそっと麦茶を差し出してくる。

「ねんくん、ありがとう。これで今日のお仕事は終了だよ」
「はい。お疲れ様でした主」
「これからどうする? 君の彼氏はまだ遠征から帰ってないけど」
「ええ、ですからその隙にややこを買ってこようかと」

 冷静沈着な男、燭台切光忠は危うく麦茶を噴き出しかけた。厚樫山で初めて検非違使と対峙したときより緊張しているかもしれない。戦場で最も大切なのは情報である。己の聞き間違いと信じ、燭台切は芝居がかった咳払いを一つした。

「ごめん、よく聞こえなかった。何を買うって?」
「ややこです。俺と光忠の」
 頼れる元一番隊の長、燭台切光忠は背中に宇宙を背負った。

「ねんくん、ややこは授かりものであってハンカチみたいに万屋で買えないんだよ。知ってた?」
「主、俺は男ですので孕めませんよ。知ってました?」
「ややこを余所から仕入れようというサイコ発言の後に常識を持ち出してこられるとは思わなかったなあ!」
 燭台切は残る麦茶を一気に呷った。もはや素面で聞いていられる話ではない。アルコール0%の液体で喉を満たし、近侍は改めて従者に向き直った。

「ところで君の言うややことは一体何だい」
「俺は元々市販されていた人形です。そこに主から神気を与えられ、自律思考するようになったのが今の姿。となれば、新たに買ってきた器に俺たちの神気を与えれば、それは実質俺たちの子なのではないかと思いまして」

 理屈は通っている。土人形が意志を得て歩き回っている時点でファンタジーなので、そもそも理屈が有るかどうかも判らないが、ねんへしの主張には確かに頷ける部分もあった。問題は、
「それは君の彼氏も承知しているのかな」
「あいつが遠征中に俺ひとりで行こうとしている時点でお察し下さい」
 燭台切は察した。どうあがいても波乱の予感しかしない。

「後ろめたいことだと判っているなら、止めておいた方が無難だと思うけど」
「ええ。光忠はさぞ怒るでしょうね、そこが目的ですから」
 婀娜っぽく笑んだ従者を見、燭台切はさらに余計なことを察した。たまに二振り目から彼らの仲について聞き出すが、どうやら離れに住んでるのを良いことに、夜の生活に関してはだいぶ激しいらしい。
 男の背負った宇宙の中で猫が気ままに泳いでいる。呆然とする主に一礼をし、ねんへしは上機嫌で近侍部屋を後にした。残された燭台切は物言わず虚空を見つめている。

 

「燭台切、遠征の結果を持ってき……何で固まってるんだ」
「長谷部くん」
「何だ」
「最近の若者は乱れてるよ……セックス&ドラッグの海に溺れてるよ……」
「またノロケに巻き込まれたのか。たまにはやり返せ」
 黒い上衣を靡かせ、長谷部は項垂れる男の隣に座った。この本丸の近侍は万事において優秀なのだが、いかんせん恋愛に関しては拗らせた童貞も同然だった。

「へえ、やり返せるようなネタを作るのに協力してくれるのかい」
 言葉尻を捉え、燭台切はことさら低くした声で愛しい刀に迫る。以前なら長谷部も動揺していただろうが、極めた今は勝手が違った。

「構わんぞ。コスプレ? SM? ご随意にどうぞ?」
 男の首に腕を回し、長谷部は伊達男の色香に負けじと口角を吊り上げた。

「三日下さい。理想のプレイについて企画書を持ってきます」
「ご随意にとは言ったが、のっけから放置プレイかますな」
 拗らせた童貞の初心者マークが取れる日はまだ遠そうである。

 

「あまり一振り目をからかうものじゃないよ」
「俺なりに刺激を与えてみたつもりなんだが失敗だったな」
「まあ何だかんだ上手く行ってるみたいだし、あの二振りはあれでいいんじゃないかな。……で、その袋の中身は何だい」
「体内でぶるぶる震える玩具だ。これから俺たちの神気を与えて新たな付喪神となる」
「未来の我が子をお尻に入れようとするんじゃありません」
 この二振りにややこができたかどうかはまた別の話。