狩人の長谷部は早起きです。日が出るまえに川へ向かい、しかけた罠を見にいきます。
いつもなら魚が網にかかっているところですが、その日はみょうに白い妖精がつかまっていました。
「そこのきみ! 俺を見のがしてくれたら驚きにみちた日々を約束するぜ!」
長谷部は無視したいきもちでいっぱいでしたが、白い妖精があまりにうるさいので渋々逃がしてやりました。
「感謝するぜ、きみにはこれをやろう」
と、渡されたのは妖精の背よりさらに小さいガラスの瓶でした。
「今日から七日間、この瓶のなかに願いごとを書いた紙を入れてくれ」
内心うさんくさいと思いつつ、長谷部は瓶をうけとりました。正直その日は瓶のことをすっかり忘れていましたが、翌朝になって窓に「ねがいごと」と書かれたメモが貼ってあるので嫌でも思いだしました。メモの字は赤く、インクがだらりと垂れて窓枠までよごれています。
長谷部はふるえる手で「毎日ごちそうが食べたい」と願いごとを書いて、もらった瓶ごと窓辺におきました。
翌朝、テーブルには一汁三菜ととのった立派な食事が用意されていました。味、量、栄養バランスともにパーフェクトです。
長谷部はすっかり膨れたお腹をさすりながら、次に「肩こりの解消」と願いごとをしました。くたびれた中年のリーマンがごとく節々が限界だった長谷部は、翌朝になって身体がみちがえるように軽くなっていることに驚きました。肩より上にあがらなかった腕も自由に回ります。
長谷部はますます気を良くして、「寝不足の解消」と願いごとをしました。長谷部は寝つきがたいへん悪く、そのうえ眠りも浅いと深刻な睡眠不足におちいっていました。
その夜も布団の上で無意味にごろごろしていたところ、どこからか子守歌が聞こえてきました。いい声だなあ、と思ううちに長谷部は眠りについていました。
翌朝、長谷部は数年ぶりに目の下のくまが消えている自分にびっくりしました。
いよいよ本物です。長谷部は「良い弓をつくるための木材」「真冬でも暖かい服」「どれだけ歩いても破れない丈夫な靴」と次々に願いごとをしていきます。
長谷部の生活はたった六日でそうとう様変わりしました。衣食住すべてが充実し、とても元の生活には戻れそうにありません。
しかし瓶に願いごとをたくせるのはもう最後です。長谷部は考えに考えて、「ひとこと礼が言いたい」と書きました。
長谷部は妖精があらわれるのを一晩中待ちました。
妖精は来ませんでした。
外では鳥が鳴いて朝を告げています。長谷部は扉をあけて家のまわりを見渡しました。
やはり妖精はいません。夜を徹して青くなった目元に、涙がひとすじつたいました。
「長谷部くん」
うしろから長谷部を呼ぶ声がします。あわてて振り向きましたが、そこにいたのは妖精ではなく、近所にすんでいる木こりの燭台切でした。
「君また徹夜したんだね。顔色もひどく悪いようだけど、そんな調子で狩りが上手くいくとでも思ってるのかい」
燭台切の声はずいぶん刺々しく聞こえます。
それもそのはず、二人は以前から犬猿の仲なのです。燭台切は会うたび長谷部の不摂生をたしなめ、長谷部は毎度おせっかいだのお前には関係ないだの言い返していました。
ですが今日の長谷部は、そんな風につっかえす元気もありませんでした。
きっと贅沢をいいすぎた。自分のわがままに愛想がつきて、妖精に見放されたんだ。
と、長谷部は自分に嫌気がさしてわっと泣き出してしまいました。さすがの燭台切も目をぎょっとさせ、ハンカチを差しだしたり、長谷部の背中をさすったりと大あわてです。
「おれがわるかったんだ」
「あいつにあまえすぎた」
「もう願いごとなんてかなえなくていいから、あやまらせてくれ」
と、長谷部は涙まじりにうったえます。燭台切はとうとう堪えかねて、長谷部を正面からだきしめました。
「長谷部くんごめん」
長谷部は耳を疑いました。
どうして燭台切に謝られているのだろう。長谷部にはちっともわかりません。
「最後まで願いごと叶えてあげられなくてごめん」
長谷部はひゅっと息をのみました。どうして燭台切が願いごとのことを知っているのでしょう。
「君に嫌われている僕があれこれ世話を焼いていたなんて知ったら、きっとショックを受けると思って……言い出せなくてごめん。勝手なことしてごめん、ごめんね」
燭台切は長谷部の肩に顔を埋めて、しきりに謝ります。立場が逆転した長谷部は、燭台切の言っていることがやはり理解できませんでした。
嫌われているのは自分の方ではなかったのか? 願いごとを今まで叶えてくれていたのは燭台切だったとしたら、それは何のために?
次から次へと疑問が湧きあがりますが、そんな長谷部でも一つだけハッキリわかることがありました。
「あやまらなくても、いい」
長谷部は力なく垂れ下がったままだった腕を、燭台切の背中に回しました。自分より広くたくましい身体がびくりと跳ねて、長谷部はなんだか愉快な気持ちになってきました。
「俺のわがままを聞いてくれてありがとう」
こうして七つ目の願いごとは無事に叶えられました。
おだやかな風が二人を撫で、森の奥からは口笛がひびきます。燭台切の新作レシピをつまみ食いした妖精は、満足げに微笑みました。
「驚きの結果、ってわけじゃあないが物語のシメにはぴったりだな」
罰を果たした妖精は白い裾をひるがえし、また驚きを求めてどこかの国へ旅立ちました。たとえ妖精がいなくても、長谷部と燭台切の未来はしあわせな驚きにみちみちているでしょう。
【よいこのしょくへし童話:すなおになれる小瓶】完
