「好きなやつが中々手を出してこないので彼ジャーで誘惑してみた」 - 4/9

 

 

 光忠からの連絡を受け、一振り目は脇目も振らず現場に急行していた。偶然を装って合流するはずだった長谷部が、別の燭台切に話しかけられ行方を眩ませた。この情報だけなら二振り目の監督不行届を責めるところだが、どうも話はそう単純にはいかないらしい。

 長谷部たちが路地裏に入ってすぐ二振り目も彼らの後を追った。道の先は袋小路になっている。大の男ふたりが隠れられるような隙間は無く、光忠が踏み込むまでのタイムラグはせいぜい十数秒といったところだろう。無機質な灰色の壁を一望し、光忠は災厄の予感に軽く身震いした。面倒事に巻き込まれた長谷部の安否より、彼の失踪を聞いた荒ぶる神の雷の方が余程恐ろしい。

 しかし二振り目は最善を知る男である。荒事に関しては間違いなく頼れる刀へ一報を入れるのに躊躇いは無かった。

 五分経たずして一振り目らは光忠と落ち合った。報告に有った通り、狭苦しい路地は凹凸に乏しく、突き当たりに至るまで遮蔽物の類は一切見られなかった。勝手口、地下通路に繋がる扉や蓋も無く、二振り目の報告が見間違いでなければ神隠しを疑うところだろう。
 念のため、もう一度周囲を探索していると二振り目の端末が鳴り響いた。よりにもよって連絡を寄越したのは目下捜索中の長谷部である。

「急用ができた。すまないが帰り道が解らなくなったときは本丸に連絡してくれ」
 いかにも長谷部らしい、簡潔で事務的な文である。二振り目の証言からして、蒸発は長谷部の意志によるものであり誘拐の可能性は低い。実際はそれほど切羽詰まった状況ではないのかもしれないが、一振り目からすれば長谷部の見解は楽観的にも程が有る。
 顕現したてで世情に疎い刀は知らない。ヒトの欲望は時に神の傲慢をも凌駕する。男士たちの敵は遡行軍や検非違使だけとは限らないのである。

「これは後で教育的指導が必要だね。知らないひと、特に余所の燭台切光忠には付いて行っちゃいけないって厳しく言っておかないとな」
「そろそろ薬を嗅がされ見知らぬ男を主と思い込み、散々に甘えた声を出してる頃かもしませんしね」
「ははは。僕は寝取られなんて絶対認めないよ」
 聞いていて胃の痛くなるやり取りである。二振り目は一切発言していないにも関わらず地雷原を歩いている心地だった。

 掌に収まる背丈であった頃から諜報、偵察はねんへしの職分である。この点に関しては一振り目も従者に譲るところが有り、今回もまた違和感に気付いたのはねんへしが先だった。
 藤色の二つ目が睨んだのは無造作に貼られた複数枚の広告である。どこにも通じていない路地裏にあって宣伝の意味を成すとは思えない。日に焼けて染みだらけの紙は壁と同化しつつあるが、後から加えられた落書きの跡は比較的新しかった。

 塗り潰された部分だけを拾い上げ、頭の中で文字を並び替える。ねんへしが得た答えを口にすると、ビラの正面にある壁が一部歪んで、地下に続く階段を出現させた。

「今度へし切に首輪を贈ってはいかがですか主」
「考えておくよ」

 一振り目は迷わず先陣を切る。それに続く形で、従者とその片割れも冥府への一歩を踏み出した。