「好きなやつが土人形に夢中なので俺も二振り目顕現して囲ってやる」 - 3/7

 

 

 顕現して三日目。二振り目の燭台切は悠々自適の生活を送っていた。掃除と手入れの甲斐有ってか、みすぼらしかった小屋も相当に様変わりしている。唯一水回りだけが整わず不便を強いられているが、川が近いことも有って燭台切もさほど気にしていなかった。
 その川は食糧確保の場でもある。手製の釣り竿と貰い物の飯盒を抱え、燭台切は鼻唄交じりに近くの水源へ足を伸ばした。
 釣りはひたすらに忍耐力との勝負と言える。日によって当たり外れが激しいし、何より獲物が食らいつくまで同じ体勢を維持し続けなければならない。
 燭台切はその点を釣りの醍醐味としっかり理解していた。どうせ米が炊けるまで暫く時間が掛かるのである。その待っている間に景色を楽しみながら釣り糸を垂らすもまた一興。根が明るいこの刀は、穏やかに流れる時間を純粋に謳歌していた。

 本日の収穫はヤマメが二匹にアユが一匹。外で食べる都合上、複雑な調理は望めないが、塩焼きにするだけでも炊きたてのご飯との相性は抜群だろう。蓋を開けただけでも、食欲をそそる香りが一気に醸し出された。
「やっぱり日本人は米だよねえ」
 日本人ではなく日本刀だが、生まれた風土は人物問わず嗜好に影響を与えるものである。米の魅力に取り憑かれた男は丁寧に両掌を合わせ、大地の恵みに感謝を捧げた。
 炊きたての米を頬張り、出来に頷く。この風味を忘れぬうちに魚を口に含もうとして、燭台切の動きが止まった。
 小汚い野犬が何かを咥えて歩いてくる。よくよく目を凝らしてみると、その何かは人の形をしていた。さらに言えば、そのヒトガタは見覚え有る装束に身を包んでさえいる。
 犬の方はどうやら昼餉の匂いにつられて来たらしい。敵意を露わにした鋭い眼光は、人との繋がりを持たぬ野生のみが為し得る業だった。もっとも付喪神相手に通じる手管ではない。燭台切の一瞥を受けた野犬はその内に神性を嗅ぎ取り、反って自ら腹を見せての全面降伏を強いられることになった。

「ううん」
 犬が吐き出したヒトガタを掌に載せる。どこからどう見ても小さくなった長谷部だった。唾液に塗れぐったりしているのを、近くの川で適当に洗い流す。突然の冷水に目を覚ました小人は、忙しなく首を左右にやって周囲を確認した。そうしているうちに燭台切と視線が合う。目を白黒させる長谷部に対し、男はにこりと笑いかけた。

「はじめまして、小さい長谷部くん。僕は、燭台切光忠。青銅の燭台だって切れるんだよ」

 書籍を背負っての山登りは中々の重労働である。さらに本丸の裏手に在る山林は放置されて久しい。一度は切り拓かれた道も風化が著しく、張り出した木の根は多くが苔むしている。凹凸の激しい足場は一歩一歩、着実に登山者の体力を削っていった。
 額に汗しながら斜面を制覇するとようやく目的地が見えてくる。やっと人心地ついた気がして、長谷部は疲労を訴える身体を今一度奮い立たせた。
 落ち葉を踏み鳴らし小屋の前に立つ。入り口に掛けられた真新しい簾が主人に先立って長谷部を出迎えた。その青みがかった仕切りを持ち上げ、空いた隙間に身体を差し入れる。芳しい竹の香りをかいくぐって初めて、長谷部は住人に向かい声を掛けた。

「おい二振り目、約束通り本を持ってき」
「長谷部くん初めてなのに草鞋編むの上手いねえ」
「ふふん、これくらい朝飯前だ。俺はへし切長谷部だぞ」
「これならマフラーとかもいけそうだね。使うのは半年以上先だけど、今度毛糸買って来るから一緒に作らない?」
「俺はマフラーより帽子が良いな。そうして経験を積みスキルアップしたら主にセーターを編んで差し上げるんだ」
「態度だけじゃなくて目標も大きい長谷部くんすごいね、可愛いね!」

 ごすっ。

「そこのアガルマトフィリア、どうしてその土人形がここに居るのか迅速、かつ的確に説明しろ」
「河原で拾ったのを家にお待ち帰りしました。辞書は痛いです長谷部さん」
 燭台切の頭に置いた荷物をどけ、長谷部は改めて眼下の土人形を睨んだ。敵意を明らかにする長谷部と違い、ねんへしの方は慌てる素振りも見せない。

「遅かったな、へし切。貴様の鈍間ぶりを甘く見ていたものだから、つい先にお邪魔して小姓に甲斐甲斐しく世話をされてしまったぞ」
「散歩コースの趣味が悪いにも程が有るなァ、駄犬。どうせ適当にうろついていたら鳥にでも咥えられてこんな山奥に棄てられたのだろう。運良く野伏に拾ってもらえて良かったな」
「僕は小姓でも野伏でもないからね」
 火花を散らす二人の間に燭台切が割り込む。不仲だろうと覚悟してはいたがこれほどとは。想像を遙かに上回る険悪さに、燭台切の眉間にも自ずと皺が寄せられる。

「二振り目、お前この状況が何を意味するか理解しているのか。見た目は土人形でもこいつは一振り目の走狗だぞ」
「知ってるよ」
「お前の存在が知られれば良くて刀に逆戻り、最悪の場合刀解されることも有り得る」
「だろうね」
「なら、答えは一つだ」
 むんず、と長谷部は小さい姿の自分を鷲掴みにした。ねんへしが手足をばたつかせて抵抗するが拘束は一向に緩まない。草鞋の材料に置かれていた稲藁を取り、長谷部は手早く掌中の人形を縛り上げた。
「こいつが主に復命できぬよう、この場に軟禁しろ」
「いいの? 彼が居なくなったら一振り目だって怪しむんじゃない?」
「構わんさ。こいつの失踪とお前の存在とが直接結びつくわけじゃあない。それにこの体躯だ、犬猫に攫われたとして不思議じゃないだろう? 最終的には目を離した飼い主の責任になる」
「あくどいこと考えるねえ君」
「そりゃそうだろう。性根が悪くなければ二振り目を顕現しようなんて思わん」

 暴れるのを止めた人形が燭台切を見上げる。主と同じ顔をした男は、ただ柔和な笑みを浮かべるばかりだった。
 先ほどまで仲睦まじくしていた相手もやはり根本は刀なのだ。自らに仇為す存在を放っておけるはずがない。この忠臣が寂寥感を覚えたのは一瞬のこと、懐柔が難しいと判断するやすぐに方針を脱出に切り替えた。幸いに己の体格は隠密に向いている。視界が半分塞がれている看守の目を盗むなど造作も無い。来るべき好機に備え、囚われの人形は虎視眈々と男の隙を窺った。


「はい、この辺りまで来れば一人でも大丈夫だよね」
 その日の夜、二振り目の燭台切は麓近くまで歩いて、あっさりと捕虜を解放した。
 驚愕のあまり、ねんへしの瞳孔が大きく見開かれる。理解しがたいものを見る目を向けられ、燭台切も思わず首を傾げた。
「戻らないの? 一振り目の僕が心配するよ?」
「お前、へし切の話を聞いていなかったのか。俺が本丸に戻れば、必ず主に二振り目の顕現を報告する」
「だろうね」
「下手をすれば刀解だ。いいか刀解だぞ、意志も身体も何もかもなくなり、ただのもの言わぬ鋼に成り下がる! 今更そんな仕打ちに耐えられるのか貴様は!」
 激しくなる語調はとうとう怒号の域に達した。小さな身体のどこから出ているか疑われるほどの声量である。それほどの怒りを間近に感じながら、肝心の男の反応といえば、眉尻を少し下げたばかりに留まった。歯牙にも掛けられていない。屈辱に歯噛みする人形の頭上にそっと影が落ちた。

「僕だって刀解が怖くないわけじゃないよ」
 燭台切の大きな掌が慈しむように友人の頭を撫でる。染料と粘土から成った身体は、男士たちと同様に人肌の温もりを有していた。
「でも僕は元々錬結用に保管されていた刀だ。今までずっと、他の刀の切れ味を増すための道具に過ぎなかった。こうして、一度ならず二度までも人の形を取れただけ、僕は恵まれていたんだよ」
 男の柔らかい眼差しに悲哀が混じる。暗夜を裂いて浮かぶ黄金色には、長谷部の姿を象った人形が映っていた。鏡の中の小人は最早先頃までの憤りを完全に忘却している。入れ替わりに訪れたのは男への同情だった。
 二振り目の燭台切も人形の長谷部も望むところは変わらない。刀としての自負を強く持ちながら、彼らは得物を振るって敵を倒すことも叶わなかった。

「もし僕の刀解が決まっても、二振り目を顕現したのが誰かは公表しないでくれ。彼は情けを掛けられたくないだろうけど、僕が望んだことと言えば納得してくれるかもしれないからね」

 燭台切の手が今日出会ったばかりの友人から離れる。
 男が笑顔を崩すことは最後まで無かった。


「お疲れ様ねんくん、早速だけど報告を聞かせてくれるかな」
 一振り目の燭台切が無事に復命を果たした従者をねぎらう。
 聞き慣れた呼称にふと違和感を覚えてしまった忠臣は、かぶりを振り、後ろ暗い考えを無理矢理に振り切った。
 ねんくん。主は必ず自分のことをそう呼んだ。それは本丸で生を受けて以来、ずっと当たり前に受け入れてきた事実だった。今更不服に思ってもどうにもならないし、素より主の意向に逆らう気など毛頭無い。
 小さく息を吸って、吐く。素早く思考を切り替えた従者は、改めて主君へと向き直った。

「報告申し上げます。へし切は山中の小屋において二振り目の燭台切光忠を顕現、およびその事実を周囲に隠匿し、隙を見ては様子を窺いに出向いている模様です」
「二振り目……そう、二振り目ねえ」
 報告を聞いた燭台切が顎に手を遣る。長い五指の下に在る口許は苦々しく歪んでいた。いくら表情を隠そうと、そこに陽気でおどけた近侍の面影は見当たらない。男のいつになく重苦しい雰囲気は他者に発言を躊躇わせる。それでも寵臣は敢えて口を開いた。

「私見ですが、あの刀は身の振り方を弁えております。この本丸に合流する気も無いようですし、処分せず捨て置いても構わないのではないでしょうか」
「へえ」
 さも意外そうな声が上がる。少しく表情を和らげた燭台切には剽げ者の気性が戻ってきていた。
「てっきり君は、錬結用といえども損失は損失と主張して、ここぞとばかりに長谷部くんを糾弾するのかと思ってたよ」
「っ、そのことで他の男士たちに要らぬ緊張を強いるよりはと考えたまでです」
「ふふ、いいんだよ変に取り繕わなくても」
 立ち上がった燭台切が平伏する部下の髪を撫ぜる。ねんへしはまたも微小な違和感に悩まされた。幾度となく主に頭を預けてきて、このような感覚に陥るのは初めてだった。

「そっか、二振り目の僕は、君が認めるほど良い男だったんだね」
「悪いやつではない、とは思います。同じ燭台切光忠なら主の方が何倍も格好いいに決まってるではありませんか」
「あはは。ありがとう、ねんくん」

 夜が更けていく。主従はいつものように仲良く布団を並べて床に就いた。
 半日に渡る任務を終え、確実に疲弊が蓄積されているはずなのに、ねんへしの目は妙に冴えきっている。目を伏せれば、瞼の裏に主と同じ姿をした男が浮かんだ。
(忌々しい)
 寝返りを打ち、掛け布団を胸部に手繰り寄せる。ねんへしが意識せず触れた己の身体は、確かに熱を孕んでいた。

「おかえり」
 無人のはずの小屋で出迎えられ、燭台切は危うく貰った野菜を落としそうになった。昨日設えたばかりで、ほとんど使用されることの無かった菖蒲色の座布団。その席に小さな客人が我が物顔でふんぞり返ってる。
 燭台切は周囲を見渡した。彼の他に誰か居る気配は無い。本丸の男士が自分を回収しに来たと踏んだのだが、驚くべきことに彼は単身この場に戻って来たらしい。

「昼餉は済ませたか」
「まだだよ。なあに、わざわざご飯せびりに山登りしてきたの?」
「何を言う。俺はお前に軟禁されている身だぞ。それに囚人を大人しくさせるには、最低限の衣食住を保証するのが手っ取り早い」
「太々しい捕虜もいたものだなあ」
 ねんへしの前に根菜類がどさどさと積まれる。今日の吸い物は豪華になりそうだ、と期待を膨らませる囚人の頬を黒い指先が突いた。
「ご飯たくさん作ってあげるから、いっぱい働いてね囚人さん」
「それは昼餉の出来によるなあ」
 期待していいよ、と歯を見せて男が笑う。ねんへしは何故だか、自分の頬から離れていく指先から目が離せなかった。

「あ、長谷部くん、ほっぺたにご飯粒ついてるよ」
「騙されんぞ。へし切長谷部が頬に米粒つけるなんて間の抜けたことするか」
「おい」

「はい長谷部くん鏡だよー自分の顔と現実を直視しようねえ」
「安土ではこれが最新スタイルだったんだ、温故知新」
「伊達ではそれを無様スタイルとみなします、郷に入りては郷に従おうね長谷部くん」
「おいって言ってるだろ、ピグマリオンコンプレックス!」

 入り口から聞こえた叱声でようやく住人が訪問者の存在に気付く。長谷部は呑気に食事している二振りを前に眦を裂いた。

「なにほのぼの食事をしている! 特にそこの土人形、縄目からも逃れて捕虜の自覚は有るのか!」
「何を言う。食事時くらい捕縛を解かねば、こいつが俺の口に甲斐甲斐しく飯を運ぶことになるのだぞ。貴様はそんなに光忠があーんしてる姿を見たいのか」
 くらり。突如押し寄せた頭痛の波に堪えかね、長谷場は框にもたれかかった。
 何だって? 光忠? 俺だって一度も燭台切をそんな呼び方したことないのに。いや問題はそこじゃない。

「二振り目ぇ!」
「はいはい。そんな目くじら立てなくても大丈夫だよ、長谷部くん」
「何が大丈夫なものか、こいつは」
「大丈夫だから」
 全く何の説明にもなっていない。しかし断言する燭台切の顔は妙に自信に満ちている。三日にも満たぬ付き合いだが、長谷部は目の前の男が一度言い出したら聞かないことをよく理解していた。渋々ながら二振り目に捕虜の扱いを一任する。目に見えて喜ぶ大小二人に、長谷部は頭痛がいや増した気がした。

 花の盛りは過ぎ、日に日に強くなる陽光を受けて青葉が茂りだす。晩春と初夏との合間に情景は目まぐるしく姿を変えていったが、その中で暮らす男士たちの生活は平穏そのものだった。
 二振り目が再び人の姿を取って半月になる。小さな長谷部と燭台切とは変わらず交流を続ける一方、長谷部同士は事あるごとに角を突き合わせ、本丸の燭台切と長谷部との仲は何ら進展を見せなかった。

「お前はどうして光忠を顕現させたんだ」
「それを貴様に話す義理が有るとは思えんな」
「はん、刀としての本分を奪って男士に人の真似事を強要するくらいだ。さぞご大層な理由が飛び出してくると期待したんだがなァ」
「生憎と俺は芸人でも何でもないんでな。土人形様のお気に召しそうな三流小説ばりの浪漫なんぞ到底紡げんさ」
 ははは、と二振りの哄笑が重なる。青天の下で団子を啄む長谷部たちの間には不穏な空気が漂っていた。

「はいそこ、お八つが不味くなりそうな会話しない」
 湯呑みを持った緩衝材光忠が両者の中に割って入る。家主は囲炉裏を挟んで長谷部の正面に座った。その膝の上にすかさずねんへしが腰を下ろす。ほぼ恒例となっている絵面なのだが、長谷部は毎度新鮮な驚きを提供されていた。無論悪い意味で、である。
 何だあいつ、土人形のくせに調子に乗りやがって。くそうめちゃくちゃ羨ましい。俺も一振り目の膝に載せてもらってのんびりお八つタイムしたい。おい二振り目、お前なにあーんとしかしてるんだ。そして当然のように口を開く小さいのは恥ずかしくないのか。

「物欲しそうな顔をしてるなァ、へし切。だがどっちもやらんぞ」
「まあまあ、大きい方の長谷部くんも団子おかわりする?」
「どっちも要らん」
 長谷部の皿には団子があと一本残っている。胃の容量にはまだ余裕が有ったが、正面の光景のせいで既に胸焼けを起こしかけていた。仮に自分の恋路が上手く行っても、ああはなりたくないものである。

「さっきの話だけどね、僕は斬るだけが刃物じゃないって思うんだ。こうやって団子を串から取ったり、小さい長谷部くんの口に合うように大きさを調節したり」
「何だいきなり」
「つまり、僕は美味しいご飯を無事堪能できる時点で十分幸せってこと。僕を呼んだ理由が三流小説レベルだからって気にしなくてもいいんだよ、長谷部くん」
「そうか、俺は今喧嘩を売られているんだな」
 三振りの集まる山小屋はいつも騒がしい。そして、その喧噪に浸るのが皆嫌いではなかった。

 夕刻には男士の長谷部が山を下り、夜が来ればねんへしも小屋を離れる。人工物を廃した森は墨で塗り潰したような昏さが有った。夜目も利かず、隻眼の身である燭台切にとって日没は決して歓迎すべきものではない。
 それにも関わらず、燭台切は夜ごと白銀の本体を月影に照らした。柄に手を馴染ませ、空を切り裂くがごとく大上段に振り下ろす。何度も同じ動きを繰り返して、全身は玉のような汗を滲ませた。地に、服に、雫がこぼれおちる。
 鋼の軌跡は外野からは一筋の白い光となって見えた。唯一の観客である人形は、飽きもせず男の鍛錬する姿を見つめている。
 別れを惜しんで密かに来た道を取って返して以来、ねんへしはこの情景の虜だった。唸りを上げて振るわれる一刀、袖口から覗く骨張った手首、そして敵を斬ることのみを見据えた金褐色の狂気。いずれも刀としての本能を喚起させるに十分な要素だった。

(幸せなどと、よくほざいたものだ)

 執心の籠もった白刃は人形の身に強い共感を覚えさせる。理屈ではなく、身体がひとりでに男の嘆きを拾うのだ。戦いたい、敵を屠りたい、己が切れ味を試してみたい――そうした訴えを聞き届けながら何もできぬ我が身の無力さが殊更に腹立たしい。
 ――もし自分が男士の長谷部のような肉体を得ていれば、男の無聊を慰めることもできたのだろうか。
 びゅん。それまでよりやや軽い風切り音の後に、燭台切光忠は鞘に収められた。最後の一振りは必ず緩めの弧を描く。それが血振りを想定した動きだと知っているのは、人形の長谷部だけだった。