「好きなやつが土人形に夢中なので俺も二振り目顕現して囲ってやる」 - 5/7

 

 足を踏み出す感覚はまだ残っている。爪先に視線を遣れば、革靴を貫通して草木が生えていた。痛みは無い。踏まれたはずの雑草も背を曲げることなく、天を仰いで若葉を真上に突き出している。天候も収まって小雨に落ち着いたようだが、今の長谷部には関係の無いことだった。
 片割れに有るだけの力を注いだ長谷部の身には、もはや滓ほどの神気しか残されていない。紙一重で刀解を免れているのは、本丸の領域に少しずつ近づいているからだろうか。どうせ死ぬなら本体の傍近くで息絶えたい。長谷部はそれだけを考えて、もつれそうになる足を動かした。

 本丸に戻った長谷部は、廊下で男士たちと何度も行き違った。危うくぶつかりそうになるほど接近したことも有る。その場合も、誰もが長谷部の存在に気付くことなく、その身体をすり抜けていった。
 その方が都合が良い。今は誰にも、特にあの男にだけは会いたくなかった。もし先ほどのように抱きすくめられたりなどすれば、一度棄てた生にまた固執しかねない。もはや長谷部にとって最大の懸念とは刀解そのものではなく、穏やかな終焉を拒むであろう心変わりの方に在った。
 そろそろ限界が近いのだろう。掌を掲げれば、自分の目にも廊下の板目が透けて見える。長谷部は心持ち歩みを速めて、奥まった場所に在る自室を目指した。
 全て落としていったはずの照明が薄闇を丸く切り取っている。誰かが長谷部を訪ねて来たのだろう。それが何者であろうと、姿が見えないのであれば相手には無人の部屋も同然である。長谷部は構わず障子を開き、そして客人の正体に平静を失した。
 案几の前に座していた黒い男が唐突に開かれた障子を見る。霧雨のために模糊とした庭先しか映らないはずなのに、琥珀色の眼は長谷部を真っ向から見据えていた。一度だけ触れ合わせた唇が動く。その形は確かに、はせべくん、と紡がれた。
 長谷部の意識が最後に捉えたのは、崩れ落ちた自分を呼び続ける燭台切の、今にも泣き出しそうな顔だった。

 力なく垂れ下がった手を取る。それを自らの額に押し当て、燭台切は端整な顔立ちを歪めに歪めた。
 倒れた長谷部を抱えて審神者の部屋に押しかけたのが二時間前。異常に消耗した刀に面食らっていた主だが、その対応は素早く冷静だった。
 しかし奮闘虚しく、長谷部の容態は一向に上向く気配が無かった。穴の空いた袋に水を注ぐように、補った先から霊力が抜けていく。おかしなことに外傷は無く、本体にも異常は見られない。
 審神者は、長谷部自身が霊力を受けるのを拒んでいるのはないか、と推測した。燭台切は始めむきになって否定したが、本心ではその仮説にひどく納得させられていた。
 このまま神気が磨り減るのに任せていれば刀解は避けられない。長谷部は己の死で自らの不忠を贖うつもりなのだろう。

(長谷部くんは勝手すぎる)
 君はそれで責任を取ったつもりかもしれないけど、残された方にとってはいい迷惑だ。君の居ない世界で一人戦い続けなければいけない僕の気持ちも考えてほしい。そんなにも二振り目のことが大切だった? 僕じゃ駄目だった? 僕は、君がこの本丸に来るずっと前から、長谷部くんとは仲良くしたかったのに。
 燭台切が悶々とする間にも長谷部の神気は失われていく。審神者が方々駆けずり回ってくれているが、彼が成果を得るまで長谷部が持ち堪えるかどうかは非常に疑わしい。
「長谷部くん」
 青ざめ死人のように白くなった肌にそっと吸いつく。渡した先から零れていくと解っていても、燭台切は現実に抗わずにはいられなかった。ちゅ、ちゅ、と軽く音を立てて骨張った手の甲に口付けていく。燭台切の熱が移ったのか、触れた部分の肌は少しずつ体温を取り戻していった。
 不意に長谷部が身動ぐ。その薄い唇がはくはくと開かれ、何か言葉にしようとしてると判り、燭台切は慌てて耳を寄せた。

「しょくだい、きり」

 息を呑む。熱に浮かされて長谷部が口にした号は、紛れもなく自分のものだった。自分と同じ、燭台切光忠を冠した刀に長谷部は救いを求めた。もし彼の望む燭台切が生きろと言えば、長谷部は再び自分にも憎まれ口を叩いてくれるだろうか。
「ちょっと待っててね、長谷部くん」
 燭台切は立ち上がり、長谷部の部屋を辞した。その足が向かう先には、白煙立ちこめる青山が有った。

 雨脚は遠のき、風も止んだ。周囲からの音が消えると、男の荒い息遣いが余計に際立つようになる。
 慣れぬ身体と身の丈に合わぬ神気を同時に与えられ、人形の長谷部はあれからずっと床に伏せていた。その枕元に膝ついて燭台切は甲斐甲斐しく世話を焼き続けている。こうして額の布を替えるのも何度目だろう。当の燭台切は苦にも思わなかったが、長谷部は汗を拭き取られるたび双眉をひそめていた。

「世話を掛ける」
「気にしないで。僕は早く長谷部くんに良くなってもらいたいだけだよ」
 緩めたシャツの間に濡れた布巾が差し入れられる。男の手が上気した肌を這うと、長谷部の声に時折苦痛とは異なるものが混じった。無心、無心と経文じみた戒めが燭台切の脳裏に木霊する。
 手足が伸び、顔つきも精悍になった人形の身体は、刀のへし切長谷部と何ら変わるところが無い。同じ顔に同じ声を有しながら、どうしてこの長谷部にだけ淫らな想像をしてしまうのだろう。内で燻りだした劣情を燭台切は持て余しつつあった。

「お前は自分を疎かにする割に、俺には優しいんだな」
「そりゃあそうだよ、君は僕の大切な友達なんだから」
「それは嬉しいが、俺は友達だけでは物足りない」
 長谷部の立てた膝が燭台切の股座を押し潰す。ひ、とくぐもった息が漏れた。硬質なものが当たる感触に長谷部の口角が歪む。
「ほう、お前は友人を相手におっ勃てているのか」
「っ、ちょっと長谷部くん、変な悪戯は」
「悪戯じゃない。俺はお前とまぐわいたいと思って先手を打っている。この身体なら遠慮する必要も無いだろう……?」
 燭台切の首に長谷部の腕が怪しく絡みつく。そのまま引き倒され、燭台切が手を突いた先は長谷部の顔の横だった。目と鼻の先に己の熱を乞う瞳が有る。少し近づければ、その藤色を文字通り味わうことも可能だった。
「病人が何を言ってるんだい。慣れない身体で無理しないでくれ」
「無理だろうが無茶だろうが、俺はお前を繋ぎ止めるためなら何だってする。このへし切から託された身体を使ってでも、お前に生きる道を選択させてやる」
 襟足を弄っていた手が烏羽色の後頭部を押さえる。柔らかい肉と肉とが触れた。ただ肌の一部を重ねるだけの行為が、異様なまでの高揚感と多幸感を生み出すのだと二人は初めて知った。唇が離れる。いまだ息が掛かるほどの距離でいながら、二振りにはそのたかが数センチの隔たりがいやにもどかしく感じられた。

「こんなことも、人の身体が無いとできない。それに、もう夜一人での稽古は飽きただろう? 俺じゃあ光忠の相手は務まらないか?」
「そんなわけ、ないだろう」
 今度は燭台切自ら口吸いを求めた。舌を割り込ませ、その咥内を遠慮無しに暴く。体液を交換しながら燭台切は長谷部の汗ばんだ肌を外気に晒した。
「僕も、君が欲しい」
 戦慄く足を抱え、腰から先を隙間無く相手の肢体に密着させる。長谷部自身さえも知らない身体の奥の奥まで燭台切の熱がねじ込まれた。始めは銘々荒い息を吐くのみで、上り詰めるような悦楽は得られなかった。それが出入りを繰り返すうちに、互いの境界も解らないほど相手の存在に馴染んで、気付いたときには双方ともに精を腹と体内とに吐き出していた。
 事を終えた後の疲労感に身を委ね、二振りは寄り添い眠りに就く。重く垂れ込めていた灰褐色の雲は薄れ、所々から星空を覗かせていた。

 雨上がりの森は噎せ返るような樹皮の匂いに満たされている。重なった枯れ葉は踏めば靴底に不快な音を立てた。入り組んだ足場は水を吸って、ますます人の到来を拒むようになっている。
 それらの一切を顧みることなく燭台切は叢林の間を行った。暗夜を照らすのは手持ちの洋灯と気まぐれに顔を出す月明かりのみ。夜戦に向かぬ刀種ながら、燭台切の歩みに迷いは無い。初めて踏破する道をさして苦労もせず登り切り、程なくして眼前に山小屋を認めるに至った。

 さて小屋だが、灯りは漏れておらず、無人かと思うほど音らしい音も聞こえてこない。蒸発の可能性を疑う燭台切だったが、その懸念は杞憂に終わった。寧ろ懸念が現実であれば良かった。
 始めに濃厚な性と雄の匂いが鼻をつく。次いで白い足が並んで床に横たわっているのが視界に入った。そして自分と長谷部の二振りと同じ顔をした番が、懇ろに裸体を絡ませ眠っている。悪夢としか思えない光景だった。

 燭台切がここを訪れた目的は、ひとえに瀕死の長谷部を救うためである。では二振り目の腕に頭を預けている彼は一体どういうことだ。体格こそ異なれど見間違えるはずもない。あれは長谷部が顕現しないうちから燭台切が友として接してきた、もう一振りの長谷部である。本丸にいる長谷部と、この場にいる長谷部とに起きた変化は偶然か? もしそうなら、どうして男の腕に抱かれて眠っている長谷部から彼の神気が感じられるのか。
 ややあって燭台切が粗方の絡繰りに気付く。乾いた笑いが漏れた。つまり全ては無駄骨だった。長谷部が二振り目の声に応えるはずがない。彼は二振り目のために人形に全てを托し自壊の道を選んだ。おそらくは、この二人にとって自分は障害にしかならないという理由で。
 失望に取って代わって忿怨が男の胸の内を占める。長谷部が二振り目を想って苦しんでいる間、二振り目は何も知らずに自らの欲望を満たしていたわけだ。それが長谷部の望んだことだとしても、燭台切には到底許容できることではない。
 携えた本体の鐺で呑気に眠りこける二振り目の胸を突く。意図せず少し力が入ってしまったのか、上体を起こした二振り目はゲホゲホと忙しなく息を吐き出している。

「おはよう色男。起き抜けに自分と同じ顔を見る感想はどんなものだい」

 常と変わらぬ穏やかな口調で、その実どこまでも高圧的に一振り目が語りかける。訪問者の不躾に内心立腹していた二振り目は、見上げた先に自分と同じ金色が有るのを知って俄に睡魔を断ち切った。

「はじめまして、二振り目。僕も燭台切光忠。青銅の燭台だって切れるんだよ」

 一振り目と同じく戦装束に袖を通し、二振り目は促されるまま外に出た。
 周囲は樹林に囲まれ、人の子が身を置く場所などほぼほぼ見当たらない。唯一の例外は、二振り目が数日掛けて切り拓いた鍛錬場だけだった。燭台切が毎晩刀を振るう箇所に、一振り目の燭台切もまた足を止める。一振り目は振り返るのも気怠げな様子で話を切り出した。

「錬結か帰参か、腹は決まったかな」
 来るべき時が来たのだと二振り目は改めて実感した。
 それにしても、二人のへし切長谷部に聞いていたより一振り目、燭台切光忠の雰囲気はどこか刺々しい。彼が親しくしていた長谷部のうち一人は失踪し、一人は見る影も無く姿を変えてしまったのだから、一振り目が情緒不安になるのも頷ける。
 しかし燭台切は今まで二振り目の顕現を公表しなかった。少なくとも敵ではない。いや、従者の密通を黙認していたことを思えば味方と言っても過言ではなかった。それにも関わらず、一振り目の視線はまるで敵を見るかのごとく醒めきっている。肌が無性にひりつく感覚に囚われながら、二振り目は重々しく口を開いた。

「僕は一度も戦場に出ていない。本丸には既に高練度で世故にも長けた燭台切光忠がいる。そこに二振り目の燭台切が現れたところで、余計な混乱を招くだけだろう」
「全てを当事者の胸の内にだけ秘めておくつもりかい?」
「その予定だったよ。だけどね、僕も人の姿を長く取るうちに随分と真似事が得意になってしまったらしい。この手で抱きしめてあげたい子ができたんだ。たとえ歓迎すべからざる二振り目であったとしても、僕はもう二度と人の身体を手放すつもりは無い」
 今も小屋の中で眠っている長谷部が二振り目の胸中を掠める。彼だけが刀としての葛藤を棄てるなと言ってくれた。ただの素材に甘んじなくてもいいと背を押してくれた。その気持ちに応えずして何が伊達男か。
 柄巻を下から上に撫でさする。長谷部と背中合わせになり、互いに戦場でしのぎを削ることこそが、今二振り目の思う最大の幸せだった。

「そうかい」
 一振り目の反応は淡泊なものである。その素っ気なさは、まるで相手の答えなど始めから眼中に無いようにも思われた。
「流石は燭台切光忠、と半ば自画自賛するべきなのかな。修行と聞いて、長谷部くんが形振り構わず飛び出していっちゃうのも解る好漢ぶりだ」
「お褒めに頂き光栄だよ」
「ああ良い男だねえ、間違いない。それだけに本当に残念だ」
 一振り目が大仰に右手で顔を覆った。芝居がかって見える振る舞いに、二振り目もいよいよ警戒を露わにする。くつくつと忍び笑う男に、本体を忘れるな、と釘を刺されたときからそれは予想して然るべきだったのかもしれない。

「ねんくんがどうしてあんなに大きくなったか、君は知ってるかい」
「ああ。それは長谷部くんが」
「そう、長谷部くんが自分の神気を根こそぎ彼に渡すなんて馬鹿げた真似をした結果だ。やっぱり、君も傍に居たんだねえ」
「……居た。全ては僕の、手の届く範囲で起きたことだ」
「あは、素直素直。安心してくれ。長谷部くんならちゃんと本丸で保護しておいたよ。目は覚まさないし、霊力の補給もろくに受けつけてくれないけどね。昔のドラマならこう言うのかな、今夜が峠だって」
「っ!? じゃあ君はどうして――!」
「僕は長谷部くんを起こすのを君に手伝ってもらおうと思って来たんだよ。長谷部くんの大好きな君にね。まさか、ねんくんとそういう関係になってるとは想像してもみなかったけどねえ!」

 火花が散る。金属を打つ甲高い音が森の静寂を乱した。一歩たりとも動いていないのに、初撃を受け止めた二振り目は額にびっしり汗を掻いている。
 互いに抜刀すらしていない、鉄の塊をぶつけ防いだだけの言わば小手調べ。二振り目はしかし、この時点で相手との力量の差を既に感じとっていた。

「おっと、油断を突いて大暴れ、とはいかなかったね。残念」

 腕の痺れが原因で小刻みに震える二振り目に対し、一振り目は飄々とした体で再び距離を取った。ここで初めて一振り目が鯉口を寛げ、刀身を引き出す。その動きも、息を乱す二振り目に見せつけるよう、殊更ゆっくりとしたものだった。全長を露わにした鋼の切っ先が同胞に向かって突き出される。衆に優れた男の顔立ちに、醜悪な笑みが付け足された。

「人の身での現界を望むと言うなら、それだけの価値を示してもらおうか。刀の居場所は刀で勝ち取る。大変解りやすくて、合理的だろう?」

 それは勝負と言えるものではなかった。体重を載せた強撃も、物陰からの奇襲も、一振り目には全く届かない。寧ろ仕掛けた直後の隙を突かれて、着々と二振り目の身体に刀傷が増えていく。試験の名目で追い打ちされないことだけが今や唯一の希望だった。

「んーもうちょっとやれると思ってたんだけどなあ。弱い者いじめは好きじゃないんだよね、格好悪いだけだもの」
 気合いを引き出すためか、一振り目は立ち回りだけでなく言葉の上でも相手を煽りに掛かった。激昂するか、色を無くして打ち込みが激しくなるかと思いきや、一振り目の予想を外れて二振り目は久しく沈着したままである。喘ぎ喘ぎに呼吸する最中、絶対的な劣勢に立たされているはずの二振り目が不敵な笑みを浮かべた。

「はっ、本当、格好悪いよ君」
 肩を上下させながら、二振り目は未だ気力の萎えぬ金色で燭台切光忠を見据える。負け惜しみと高をくくっていた一振り目は、ふと男の目に浮かぶのが敵意ではなく憐憫であることに気付いた。何故、どうして、己がそのような眼を向けられなければいけないのか。僅かに生じた一振り目の動揺を知って知らずか、二振り目の言はまだ続いた。

「僕の価値を量るために勝負を挑んだ? そんな馬鹿げた話が有るもんか。試験の可否で錬結か現界かを選ぶと言うなら、長谷部くんが二振り目の顕現を報告した時点で試しても良かったはずだ。君は始めから僕が現界を選ぶように事を誘導していた。なら今のこれは一体何だ? 決まってる、どちらの長谷部くんも苦しんでるのに、何もできない無力な自分が嫌で、どうにもならない現実が嫌で、僕を相手に憂さ晴らしようってだけだろう!」
「はっ、腕はともかく舌は確かだね! 修行はいい切っ掛けだった、君の覚悟が見たくて試験を行った! ただそれだけのことさ! 人の行動全てを合理的に説明しようなんて思わないことだね!」
「そんなの、そもそも君が今ここに居る時点で何もかもがおかしいんだよ! 君の長谷部くんは本丸で今も苦しんでるんだろう!? 予断も許さない状況と言うなら、ますます僕と遊んでる場合じゃないだろうが!」
「だから始めは長谷部くんのために君を呼びに来たんだよ! 彼が助かる唯一の可能性が君だった! それが叶わないと知ったから、長谷部くんが守ろうとした君に、僕ができることを今やろうとしているだけだ!」

 いつの間にか口論は言葉のやり取りだけでなく、真剣での立ち会いを交えるようになった。感情のままに振り下ろされる燭台切の一撃は先ほどの比ではなく、重い。受ければ確実に腕ごと破壊されるだろう。その代償に些か大ぶりとなった攻撃は避けられなくもない。一打ごとにもたらされる風圧をまともに受けながら、二振り目はまたも舌鋒を振るった。

「一振り目の僕は案外分からず屋だねえ! 君の大切な長谷部くんたち二人が苦しんでいるのは、確かに僕が原因だ! でもねえ! 僕だったら好きな子が苦しんでるときに苛立ちを他人にぶつけるだけの、自分本位な行動になんか出たりしない! 本当に! 好きなら! 目が覚めるまで手の一つも握っていてやれよ伊達男!」
「それがっ……! それが許されるなら僕だってそうしたかったさ! でも、長谷部くんが傍に居てほしいのは僕じゃあない!」
 回避が間に合わず、受け流すために薙いだ太刀が空に飛ばされる。丸腰になった二振り目の喉元に白刃が突きつけられた。

「長谷部くんが好きなのは、君なんだよ、二振り目」
 多分に自嘲を含んだ笑みが男からもたらされる。勝負を制しながら、その面差しはあまりに惨めで痛々しかった。
 二振り目は自分を見下ろす男の肩越しに、月桂と白銀を認めた。持ち主の手を離れたはずの燭台切光忠が、一振り目の首を跳ねる寸前で留められている。黄金の瞳はどちらも驚愕に染まり、乱入者の存在に言葉を無くしていた。

「お言葉ですが主。今し方の台詞は、鏡に向かって言われた方が宜しいかと」
 土より成ったへし切長谷部が、刃物を手に主へ迫真の説得を試みていた。