「好きなやつが土人形に夢中なので俺も二振り目顕現して囲ってやる」 - 6/7

 

 精神的に摩耗した身体を引き摺り、燭台切は長谷部の部屋へと戻って来た。横たわる長谷部の肌は出立前より一層透けて見える。頬に触れようと体温らしい体温も感じられない。長く見ても朝まで保つことはないだろう。

「はせべくん」
 呼び掛けに応える声は無い。それが生のみならず己をも拒絶してるように思えて、燭台切の麗容が一段と顰められた。

 従者も二振り目も、長谷部が懸想していたのは一振り目の燭台切だと言う。そんな馬鹿な、というのが正直な感想だった。長谷部は二者択一を迫られたとき、必ず二振り目の燭台切を優先した。暇さえ有れば不便な場所に在る彼の小屋に足を伸ばした。自分の制止を振り切って二振り目の元へ走り、こうして死の淵に立たされるに至った。振り返れば振り返るほど、長谷部が自分に執心していたとはとても思えない。

「さっき初めて二振り目の僕に会ってきたんだ。君やねんくんが懐いても仕方ないくらい、良い男だったよ」
 黒い指先が長谷部の煤色を絡め取る。光に照らされると大きく色味を変える、この髪が燭台切にはいたく好ましかった。
「度胸が有って、弁も立って、一途で、好きな子にはどこまでも誠実な刀だった。彼に見初められたねんくんは幸せ者だねえ」
 揃って送り出してくれた二振りを思い起こす。自分たちもああなりたかった、と羨んだのは果たして己だけだったのか。長谷部の意中は、結局長谷部以外の誰に解るものでもない。

「本当のことを言うとね、ちょっと、いやかなり嫉妬したかな。僕が勝てるところなんて練度ぐらいのものだったよ」
 茶化してみせたが、実のところ燭台切は二振り目との差異を言葉以上に気に掛けている。なまじ同じ号を持ち、同じ刀に惹かれたからこそ一方の存在を意識せずにはいられなかった。

「あれが長谷部くんの思う理想の燭台切光忠だったのかな。一振り目である僕が君への接し方をもう少し考えていれば、長谷部くんは苦しまずに済んだのかな」
 燭台切の記憶にある長谷部はいつも気難しい顔をしていた。主の命を果たすこと、戦場で最良の結果を挙げること、それ以外にはまるで興味が無いように振る舞って、噛み合わない会話に何度も苦笑した覚えが有る。そのすれ違いすら、燭台切には心地良い時間だった。

「ごめんね長谷部くん。僕は彼より優しくないし、意地の悪いことも沢山言ってきた。君が長く一緒に居たいと思うのはどちらか、なんて訊かなくても解ってるよ。でもね」
 身を倒した燭台切の蝋色が長谷部の頬に掛かる。苦悶に喘ぐこともなくなった唇はもう何の言葉も紡ごうとしなかった。

「いくら君が嫌と言っても僕は君と過ごす時間を諦められない。ここで終わりになんか絶対させやしない。根気比べと行こうじゃないか長谷部くん。君が死ぬのを諦めるくらい大量の神気を注いであげるよ。早く目を覚ましてくれないと、僕なしじゃいられない身体になってるかもしれないから注意してね」

 

 

 物陰や暗所など、明かりの及ばぬところで見る色を「玄」と呼ぶ。長谷部が見ている色はまさに一面の玄色だった。奥行きがどれほど有るかも判らない空間に長谷部は一人佇んでいる。光も音もこの場には届かない。ただの刀であったときよりも世界は広く、そして何も感じられなかった。
 あれから刀解に至ったとすれば、これが付喪神における死後の世界なのだろうか。長谷部はつい癖で顎に手を遣ろうとしたが、そこで初めて手足が無いことに気付いた。前にも後ろにも、進むという感覚それ自体が無い。もがくのも無意味と知ってからは思考することすら放棄した。

 長谷部の意識は次第に希薄になっていく。身も心も溶解されるに任せ、個としての主体も半ば忘却するまでに及んだ。長谷部が長谷部であることを完全に打ち棄てそうになったとき、失われていたはずの感覚が一挙に襲いかかってきた。
 臓腑を掻き回されたときのような衝撃が何度も続く。違和感と激痛の波が押し寄せ、それが引けば火傷してもおかしくない熱さが全身を駆け巡った。長谷部は既に身体の感覚をも取り戻していたが、それが反って苦痛のイメージを明確にするのに繋がっていた。眼の奥がちかちかと明滅する。熱さと痛みの他に訪れた何かをやり過ごし、長谷部は瞼を開いた。

 白い何かが腹の上で揺れている。意識を取り戻して間も無い長谷部の視界は曖昧で朧気だった。板張りの天井もぼやけて壁との境目が判らなくなっている。いち早く正常に近づいたのは視覚ではなく聴覚で、ぬちゃぬちゃと粘性の何かをかき混ぜる音が腰より下から発せられていた。

「はあ、……っ……べくん、はせべくん……!」
 名を呼ばれてようやく長谷部は我に返った。間を置かず、上にのしかかっていた白いものの正体にも思い至り、長谷部の全身からさあっと血の気が引いていく。
「しょ、燭台切!?」
「ふう……あ、長谷部くん……良かった、目を覚ましたんだねえ」
「良かった、じゃない! おま、おまおまえ俺の上に乗ってなにを」
「何をって、まあ見たまんまだね」
 そう言って燭台切は長谷部の足を抱えだした。ぐちゅり、とあられもない場所から水気を含んだ音が零れる。持ち上げられた両脚の間には、燭台切の育ちきった性器が顔を覗かせていた。あまりの事態に長谷部も理解が追いついていない。

「な、なんでいきなりこんな、うそだ」
「嘘じゃないよ。ほら僕のちゃんと長谷部くんの中に入ってるだろう? 入ってるどころか、もう何回かは中に出しちゃってるけどね」
 燭台切の指が繋がった箇所をつつ、となぞった。中から溢れた体液を一掬いすると、指先には白く粘ついたものが纏わりついている。それと腹の奥に感じる燭台切の神気とを合わせて、長谷部はこの行為の回数が既に二、三には留まらないことを察した。

「君の気持ちも訊かないで乱暴だとは思ったけど、長谷部くんも僕に何も言ってくれなかったしおあいこだよね。それに、こうでもしないと神気受け取ってくれそうになかったし」
「ひぁ、しょ、燭台切の、きもちだって……?」
「そうだよ。勝手に刀解を選んで勝手に責任取ったつもりになっていたみたいだけど、あれ僕はすごく傷ついたんだからね。こんなことしなくても二人で主にちゃんと相談すれば……ああ違う、そうじゃない。僕は、単に君を失いたくなかっただけだ」
 筋張った大きな掌が長谷部の頬を撫でる。赤く色づいた肌は、人並みの体温と透度を取り戻していた。

「何でもかんでも一人で背負い込もうとしないでくれ。二振り目のことも、ねんくんのことだってそうだよ。僕はずっと長谷部くんの力になりたかったのに」
「そんなことできるか。お前は近侍で、いろんなやつから好かれていて、俺なんかに構ってる余裕はないだろう」
「ほらあ、そうやってすぐ遠慮する。僕は君に頼られたいし、うんと甘やかしてあげたいんだよ」
「どうして」
「ええ、そこ訊く? そんなの君が好きだからに決まってるだろう」
「は」
「いや不思議そうな顔しないで。言っておくけど、僕は好きでも何でもない子の口を吸ったり、抱いたりできるほど器用じゃないからね?」
「え、ええ、えええ……」
 燭台切が呆れるのにも構わず長谷部は混乱を深めていった。長谷部は自分が言葉足らずなのを自覚していたし、燭台切に好意を仄めかすどころか暴言を吐くことも少なくない。およそ好いてもらえる要素が無いと判断したからこその二振り目である。口を吸われたことすら現実味が無く、半ば白昼夢扱いしているくらいだった。

「ねえ、長谷部くんは? 僕のこと好き? 嫌い?」
「ふぇっ!? お、俺はその」
「それともやっぱり君は二振り目の方が好きなのかな」
「何でそうなる」
「あんな辺鄙な場所に毎日毎日、甲斐甲斐しく通ってたら、そりゃあそう思うだろう」
 心底面白くなさそうに燭台切は述懐する。男の眉間に刻まれた皺を、長谷部は目を白黒させつつ眺めやった。古参で常に余裕めいた笑みばかり浮かべる伊達男が、自分に関することで子供じみた悋気を隠さずいる。長谷部はここに来てようやく、燭台切の告白を現実のものと認められそうな気がした。

「二振り目の燭台切と初めて会ったとき、俺は相当酷いことを口走ってしまってな。何て言ったか、解るか?」
「よく来たなサンドバッグ、かな」
「その台詞絶対に忘れないからな。正解は、違うお前じゃない、だ」
 長谷部は頬に添えられていた手に自分の手を重ねた。黒手袋を取り去った燭台切の手は節くれ立っていて、いかにも男らしい。

「お前に振り向いてもらえることは無いと確信していたから、俺は俺だけを見てくれる燭台切光忠を顕現しようと考えた。しかし一目見て、違うと判ってしまった。どうやら俺は、少し意地が悪くて優しさが常に遠回しな、どこぞの近侍様じゃないと駄目らしい」
 口元を綻ばせ、長谷部は男の手に頬をすり寄せた。念願叶って穏やかに笑う長谷部に対し、燭台切は意中の相手から初めて睦言を口にされた衝撃が大きすぎたのか、すっかり放心してしまっている。

「え、すき、好きなの? え、長谷部くん僕のこと好きなの?」
「やられてみて解ったが、自分の好意を疑われると腹立つな。あのなあ、俺は一度刀解を覚悟したが、それでも恐怖を感じなかったわけではない。刀解そのものより、受け入れたはずの死を恐れるようになることが怖かったんだ。きっと、お前に会ったらその不安が現実のものになると思っていた。……予感は的中したな。こうして、未練がましく此岸に戻って来てしまった。自信を持て。主ですら救えなかった俺を、死の淵から引っ張り上げたのはお前だ、燭台切」

 いよいよ耐えられなくなり、燭台切は長谷部の胸元に倒れ伏した。にべもない態度ばかり取られていた男は幸せの閾値が尋常でなく低いらしい。ううとか、ああといった呻き声を上げてはもぞもぞと身体を揺すっている。その緩慢な動きは長谷部の身体に中途半端な刺激を与える結果になったが、当の本人は羞恥に悶えて気付いていない。

「しょくだいきり」
「はい」
「その、いつまで、こうしてるんだ」
「こうって?」
「おまえ、それわざとじゃなかったら絶対許さないからな」
 睨みを利かせる長谷部だったが、恥辱に頬を染めた容子では何ら迫力が無い。燭台切は自分を挟む足が震えているのを見て、短く得心の声を上げた。抱えたままだった片足を引き寄せ、腰が下生えにぶつかるほど密着させる。前触れ無く全てを収められて、長谷部には嬌声を抑える暇も無かった。はっ、はっ、と涙交じりに息急く姿は人というより獣に近い。燭台切は長谷部の赤く染まった耳に口寄せ、熱の籠もった息を吐きかけた。

「長谷部くん、もう身体大丈夫?」
「ァ、はあ、っいい、もんだい、ない……!」
「ふふ、良かったあ。じゃあ続き、今度はちゃんとお互いの目を見てしようね」
「ん……」
 長谷部の首肯を皮切りに抽送が再開される。既に大量の精を放たれているだけあり、凶器にも思える燭台切の雄を長谷部の身体は柔軟に受け止めた。気を失している最中に拓かれたためか、不慣れな行為であるにも関わらず、後孔は僅かな快感をも拾うようになっている。

「はあ、っ、どう、はせべくん、気持ちいい?」
 答えようにも、長谷部の喉から漏れるのは意味を成さないよがり声だけだった。本来性交に使うべきでない場所に同性の欲望を埋められ、容赦無く串刺しにされることが、こんなにも気持ち良い。それを伝える余裕も無く、長谷部はただ燭台切の腕に縋って強い性感の波を堪え忍ぶだけだった。

「僕もいいよ、はせべくんの中、あったかくてっ……きもち、いい」
「あ、ッ、ふ、ほん、とか」
「ああ、癖に、なっちゃいそうだね」
「いいっ、なっても、つきあう、つきあうから、っ……!」
 腕を伸ばす長谷部に応え、燭台切はどろどろに溶けた咥内を唇で塞いだ。積極的に絡みついてくる舌は既に肉欲の虜と化している。もう少し早く目を覚ましてればこうはならなかったのにね、という呟きは唾液を啜る音で掻き消された。