「好きなやつが土人形に夢中なので俺も二振り目顕現して囲ってやる」 - 7/7

 

 

「お揃い」
「何の話だ」
「その竜胆の栞、二振り目も使ってたよね」
「俺が作ってあいつにやったものの余りだからな」
「長谷部くんの手作りとか役満じゃないか。依怙贔屓だ、燭台切差別だ」
「しょうがないな、お前にはこれをやるから」
「まあ白紙の書類だよね、知ってたよお約束だからね、今夜覚えてろよ」

 昼間からじゃれあう二振りを、鶴丸国永は縁側から遠巻きに観察していた。茶番を肴に煎餅をつまんでいるとどうも茶が欲しくなる。白い太刀が向かいの喧噪から一瞬目を離すと、そこには湯気を立てる新茶が既に用意されていた。

「おっと、こいつは驚いた。一体どこの季節外れのサンタの仕事だあ?」
「意外に南半球からの刺客かもしれないよ。で、面白いものは見られたかい鶴さん」
「そうだなあ。その刺客とやらが近侍部屋中心に修羅場をプレゼントしてくれたら、もっと面白くなりそうなんだが、そこんとこどう思う?」
「夫婦喧嘩は犬も食わぬ、って言うだろう? プレゼントが届く頃には元鞘に収まってるよ」
 まるっきり渦中の刃物であるはずの黒い刀は、友人同様にあくまで見守る方針でいるらしい。ちゃっかりしている。
 思えば、この二振り目は帰参した当初から何かにつけて抜け目が無かった。それまで暗黙の了解で禁止されていた二振り目の参入でありながら、周囲に違和感を覚えさせることなく溶け込む技量も中々大したものである。もっとも、そこには本丸内を駆け回っていた小さなマスコットの影響も見過ごせなかったのだが。

「お前さんの相方はどこ行ってるんだ?」
「江戸の遠征に出てるよ。今日の献立はその収穫を見てから決めるつもり」
「はあ、あいつは大きくなっても働き者だなあ。隠居組には堪える話だぜ」
「だから一振り目と長谷部くんの観察してるって? いい趣味してるなあ」
「あーこれは半分癖みたいなもんだな。いや全く以て悪癖だ、うんうん」

 鶴丸国永が例の二振りを気に掛けるのは理由が有った。何しろ彼は長谷部が本丸に顕現する遙か以前より、長らく燭台切光忠の相談役を担っていたのである。相談の内容は当人の有無を問わず一貫して長谷部に関する事項だった。

 この本丸にへし切長谷部が加入した時期は本当に遅かった。まさかの太鼓鐘貞宗より遅れての参戦である。その間、演練先で別本丸の燭台切光忠から長谷部関連の惚気を散々に聞かされ、一振り目の鬱憤が順調に蓄積されていったのは言うまでもない。
 始めは名付けの由来が似ていることから親近感を覚えていただけの燭台切だが、あまりにも長谷部が本丸に来ないためなのか、その感情をいつしか愛執の域にまで育てていった。
 その様子を見かねた審神者が、近侍への労いとして贈ったのが彼のねんへしである。ささくれだった燭台切の心を癒やし、長谷部への執着を和らげる効果を期待された彼は、見事前者の役割を果たすことに成功した。後者については、ねんへしの愛らしさにより男士の長谷部への期待値を余計吊り上げるという、逆効果もいいところの結果に終わった。

 前評判というものは高ければ高いほど、いざ想像と違ったときとの落差が大きい。さらに、相手は協調性にたびたび疑問を持たれるへし切長谷部である。いくら燭台切といえども仲良くできる保証は無く、寧ろ不穏な間柄に陥る可能性の方が高い。そう懸念する者も少なくなかったが、燭台切は周囲が想像している以上に長谷部にご執心であった。

「今日も長谷部くんに噛みつかれちゃった。好きな子に意識されてるっていいねえ、鶴さん」
「きみがそれでいいなら構わないんだがな、うん」

 これぞまさしくあばたもえくぼ。睨まれようが罵られようが馬耳東風の体である。長谷部の視点から燭台切が常に余裕有るように見えていたのは、彼が愛猫に指を噛まれて受け流す飼い主の心境だったからだろう。そのような具合だったから、二振り目の出現は燭台切にとって蒼天の霹靂だった。
 鶴丸が二振り目の顕現を私かに打ち明けられたときは確かに驚いたが、それよりも一振り目の変貌ぶりの方が目を惹いた。それまで長谷部くん可愛い、で終始していた酒の席が、二振り目憎し、の怨念渦巻く無間地獄と化したのである。二振り目の燭台切は男士の長谷部だけでなく、主一筋だったねんへしまで陥落させた。長谷部たちの前では寛容な伊達男を装っていただろうが、その心中が嫉妬で燃えたぎっていたことは伊達の刀だけが知るところである。

 同じ顔をしたやつが二人いると色々と面倒くさいだろう。二振り目以降を顕現しない理由として、審神者は簡潔にそう答えていた。今の鶴丸ならよく理解できる意見である。ねんへしと親しくなっていなければ、二振り目の燭台切がここまで歓迎されていたかどうかは怪しい。同族嫌悪はいつの時代もトラブルの温床で、鏡は大抵自分に都合の悪い部分ばかり映し出すものである。

「あ、長谷部くん!」
 遠征部隊の帰還を知らせる鐘が鳴るや、二振り目は慌ただしく居間を飛び出して行った。何とはなしに鶴丸はその背中を追ってみる。そのうちに、片割れに労われ相好を崩す長谷部と、成果を上げて帰った片割れを誇らしげに称える燭台切の姿が見えてきた。笑い合う二振りの頭上には共に桜吹雪がひらひら舞っている。

(ま、衝突と大団円はいつだってセット販売だからなあ)

 二振り目の顕現を発端とした面倒事を乗り越えてこそ、あの幸せが実現したのである。鏡に映る激しい寝癖や目の下の隈だって、見ながらでなければ上書き修正することもできやしない。ゲームでも漫画でも、主人公がトラブルを避けてばかりでは絶対にハッピーエンドには辿り着けないのである。

「おい、今日は俺たちが畑当番だぞ」
「今から畑当番専用の俺を新しく顕現してくるんで待っててくれ伽羅坊」
「働け」

 鶴丸がハッピーエンドを迎える日は遠い。

 

 

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