ノンケ台切 VS 抱かれたい部の仁義なき戦い - 3/4

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 少し気分転換してくる、と研究室を出たのが三十分前。ついでに夕飯を買おうとコンビニに立ち寄ったのが二十分前。そして、隣に立つ変人に捕まったのが十五分前の出来事である。

「なあ、きみはどっちの握り飯の方が驚きに満ちていると思う?」
 おにぎりコーナーに差し掛かった俺は、唐突かつ意味不明な質問を投げつけられた。
 その問いを寄越した男は、両手にそれぞれ「焼肉風味親子丼調にぎり」と「ネギ味噌炒め明太クリームチーズ」の変わり種を抱えている。味のセレクトに悩むのは解らないでもないが、驚きを基準に是非を問われるのは初めての体験だった。

「……じゃあ右で」
 無視をしたらしたで面倒な予感がする。俺は迫られた二者択一を適当に流し、そのまま夕飯の吟味に戻った。戻ったが男は何故か俺の後に付き従い、あまつさえこれなんか美味そうじゃないか、とコミュニケーションまで図ろうとしてくる。

 誰だ貴様、というか一体何のつもりなんだ暇つぶしなら余所を当たってくれ俺は忙しい。
 という文句を敢えて呑み込み、無言でレジまで進む。その際に選ばれなかった、焼肉風味親子丼調にぎりなる炭水化物が籠の中に放り込まれた。

「俺は要らない」
「まあまあ、どちらか一方しか選ばれないというのも可哀想じゃないか。きみが食べてやることで、この握り飯も浮かばれるだろうよ」
「ならお前が救済してやれ。両方食うという選択も無いことは無いだろう」
「生憎と財布の紐を握られていてな!」
 何故そこで威張る。俺は頑なにゲテモノを拒もうとしたが、ややすると会計待ちの列ができてしまい、店員と客の目線が痛くなってきた。
 俺は負けた。世間体と、このやたら白い男に完敗した。

「ネギ味噌とチーズの味が喧嘩して筆舌に尽くしがたい風味を演出している……! これを企画した連中の顔を是非拝見してみたいものだな!」
 男のただえさえ血色の悪い肌がさらに青くなっていく。傍目にも不味いことがありありと伝わってくるが、感想を紡ぐ声音は妙に楽しげだ。

「口直しにこっちも食ってみたらどうだ」
「いいのか?」
「構わん。最初から食いたいとは微塵も思っていなかったからな」
 未開封の握り飯を取り出し、男に渡す。
 いそいそとフィルムを剥がす白髪の両端に、何となく犬の耳が生えて見えた。おそらくスピッツとかその辺りだな、よく吼えるし。

「何だこれ食えるぞ! どういうことだ長谷部!」
「一応流通に乗ってる商品なんだから食えない方が問題だろ」
 スピッツの言葉を聞き流そうとして、はっとする。
 何故この男は俺の名前を知っているのか。

 視線がぶつかる。こちらに芽生えた疑惑や不信を見透かしているのか否か、白皙の美貌に歪んだ笑みが浮かんだ。

「名前を知られていて驚いたか? 別にそこまで不思議に思うことでもないだろう、君はこの大学じゃ結構有名らしいじゃないか」
「知ったことか。俺は貴様と面識が無い。知らない相手に名前を呼ばれても普通は戸惑うだけだ」
「はっはあ、それもそうだなあ!」

 何がおかしいのか、男は大口開けて哄笑する。
 知らない奴に話しかけられること自体は珍しくない。その辺は無駄に顔の広い友人を持った宿命と諦めている。だからといって、初対面からこれほど馴れ馴れしい態度を取る輩は終ぞいなかった。

 さらに問題なのは相手の言動より寧ろ自分自身にある。どちらかといえば俺は社交的な部類ではない。 光忠を除いては特別親しい友人もおらず、人付き合いも煩わしいと思う性分だった。それにもかかわらず、目の前の男には何故か不快感を覚えずにいた。

「なに、一度は話してみたかったってくらいで、取り立てて用があるわけじゃないさ」
「用も無いのにゲテモノを押しつけたのか」
「まあまあ、若いうちは何事も挑戦挑戦だろう? きみの性格からいって、何度あのコーナーに立ち寄ろうと、自分から例の味を手に取ることはない。そこで俺が少し強引にあのおにぎりを薦めたことで新しい世界が見えたわけだ。数の強みって、こういうときに生かされるんだよなあ」
「別に新しい世界を知りたいとは思っていない」
「勿論、無理に知ろうとする必要は無い。ってなわけで、こいつは年寄りの戯言とでも思って忘れてくれ」

 食べ終わったのか、男はゴミ箱まで移動してまた俺のところまで戻ってくる。すれ違い様に銀色の髪が俺の肩に触れた。吐き出した息が耳に掛かる。
 くすぐったいと思うより先に、どこからか香る鉄錆の匂いに気を取られた。

「生きるということは選択するということだ。その際に選ばれなかったものを惜しんだところで、どうにもならない。きみの傍にいる奴を大切にしてやれよ、長谷部が選べなかった可能性を拾ってくれるのは、長谷部以外の誰かなんだからな」

 白銀の男が去って行く。意味深長な言葉の真意を問い質すこともできずに、俺は近づいてきた黒い影の対応に追われた。
 とうに構内は薄闇に包まれていて、明かりなしに人の顔を見ることは難しい。そのため、幼馴染みの肩が上下し、切羽詰まったような表情をしていると気付いたのは、手首を掴まれて後のことだった。

「ど、どうした光忠」
「はあ、はあ……どうしたもこうしたもないよ……鶴さんと、なに話してたの」
 鶴さん、とは先の男の名前だろうか。なるほど光忠の知り合いなら俺のことを知っていても不思議ではない。一人納得する俺に構わず、光忠の詰問は続いた。

「ずいぶん、顔が近かったけど、人に言えない話?」
「別に大したことは話していない。それよりお前こそ、あんな必死に駆けてきて何か用事でもあったんじゃないのか」
「必死、そう、そんな風に見えてたんだ僕は」
 項垂れた光忠が俺に寄りかかってくる。濡れ羽色の髪が肩口で揺れていた。今もなお左手首は捕らえられていて、俺は自由に身動きすることもままならない。

「コンビニが近い。人目もあるのに、そんなだらしない姿を晒して大丈夫か伊達男」
「大丈夫じゃない。僕はもう、ずっと前からおかしくなってる」

 大きな掌が俺の背を這う。途端に息苦しさに襲われた。
 肉厚の身体に挟まれ、ぎゅうぎゅうと押し潰される。加減もなしに抱きすくめられ、愚かな俺の心臓はまた性懲りもなく早鐘を鳴らし始めていた。

「本当におかしくなってるみたいだな。昨日の今日でこれか。俺がお前を避けていたことくらい解ってるだろ」
「知ってるよ。だからこうして会いに来たんだ」
「何のつもりで?」
「話がしたい」
「話くらい、携帯でも事足りるだろ」
「会って直接言わないと駄目なことなんだよ。君だって解ってるんだろう、本当は」

 先ほどから光忠の態度は不審なところだらけだ。
 男同士の会話で顔の距離を気にしたり、単なる幼馴染みを逃すまいと腕に抱いたり。これはどう考えても親友への接し方ではない。

「さてなぁ。期待したところで無駄なのは承知の上だ」
「今度は無駄にならないよ」
 温んだ肉が右の耳を湿らせた。じゅる、と間近に聞く水音が柔い理性をぐずぐずに溶かしていく。
 先ほどの男に息を当てられても何も感じなかったのに、光忠に食まれると背徳的な痺れが内側を灼いた。

「長谷部くん」
 もっと落ち着ける場所で、ゆっくり話の続きをしよう。
 光忠の提案に一も二もなく頷く。いつの間にか体重を預け、縋っているのは俺の方になっていた。

 手を引かれ、促されるままにベッドに腰掛ける。
 内装は思っていたより普通だが、人生初のラブホに緊張していて正直頭が回らない。しかも一緒に入った相手が相手である。
 手に汗握り、どうにか呼吸を落ち着かせようとするも、光忠が隣に座った時点でそれらの努力は無に帰した。

「長谷部くん、すごいガッチガチ」
「う、うるさい。こっちはお前と違って清い身体のままなんだ、というか入るまでの諸々とか手慣れすぎだろ、ヤリチンめ」
「その経験値だけど、話し合いの結果如何では、初めて尽くしの長谷部くんが痛い思いをしないよう存分に活かされることになるから宜しくね」

 革の手袋が俺の肩をやわやわと擦る。強ばった身体を解すよう、優しく触れる手つきが何とも心地良い。
 ほうと一息ついて横目に光忠を見遣る。蜜色の眸子に灯が点って見えた。それが昂奮している証で、今まで親友にも露わにしなかった雄の顔だと思うと堪らない。

「話し合いなんぞ必要か? ここに入った時点で、既に答えは出ているようなものだろう」
 肩に置かれた手に自分のものを重ねる。男らしい、筋張った感触が手袋越しにも伝わってきた。
 早く、この手で全てを暴かれ、犯されたい。

 先を急かすように、指の付け根や先端を意味ありげになぞる。暫く好きにさせていた光忠だが、そのうちに空いていた左手が前に回って、俺の服の中へと潜り込んできた。

「ああ、僕の腹は決まってるよ。もう長谷部くんを親友とだけ見るのは無理だ。他の誰にも渡したくないし、僕のことしか考えられないようにしたい」
 腹を撫でていた掌が徐々に上がって胸に至る。指先が未だ主張してない芯を摘むと、意志とは関係無しに声が漏れそうになった。

「んッ、そ、そんなの言われるまでもなく、俺は光忠以外、なんて」
「それは以前に、僕のために生きてくれ、と頼んだせいじゃないのかい」
「は……?」
「この五年間、君は僕の我が儘をずっと聞き入れてくれた。それこそ、僕を好きと言う一方で、君でない恋人を作っても恨み言の一つも零さなかった。長谷部くんは優しいから、自分のせいではない僕の目と腕のことを今も気にし続けているんだろう。僕への気持ちに、少しでも贖罪の意志が入ってないと君は言い切れるかい」
「なんだ、それ」
「もし僕が怪我を負わなかったら、長谷部くんは僕のこと好きなんて言い出さなかっただろうな、って話だよ」

 光忠が半ば自嘲気味に言い捨てる。初めて聞く告白に、沸々と湧きあがるものがあった。
 これが親友の偽らざる本音だったとしたら、俺は。

「ふざけるな、腰抜け」
 胸をまさぐる手を押しのけ、ベッドから立ち上がる。正面から相対した男の顔は唖然としていて、まさに滑稽という表現が相応しい有様だった。

「罪悪感だけで五年も同性相手に惚れた腫れたと騒げるものか。恨み言だって無いわけじゃない。お前に嫌われたくないから黙ってただけだ。彼女ができた、と報告されるたびに俺が、どんな気持ちでいたか、その身体に思い知らせてやる」

 蹲り、光忠の両脚の間に陣取る。制止の声をまるきり無視してファスナーを下げた。
 既に兆している膨らみは、厚手の生地まで押し上げている。下着の淵を引けば、赤黒い肉塊が勢いよくまろびでた。

「うっわ……」

 いくら幼馴染みで一つ屋根の下に暮らしている仲とはいえど、ムスコのサイズまで把握しているわけじゃない。この体格だから大きさも相当なものだろうと好きに想像を巡らしていたが、大小はおろか形までえげつなかった。エラの張った雁首なんてほとんど凶器じみている。恐る恐る鼻先を近づけると、濃厚な雄の匂いがした。

「そんな、まじまじと見ないでよ」
「いや、これは見るだろ。すっご、えっぐ……」
「引いてるよね」
「ひ、引いてない」

 度肝を抜かれたのは確かだが、別に嫌悪感は覚えたりしない。寧ろ俺相手にここまで昂奮してくれた証と思えば愛おしいくらいだ。
 思い余って先端に口付けると、芯全体がびくりと震える。過敏な反応を見せる光忠が面白くて、口唇だけでなく舌で表面をなぞってみた。

「んっ……」
 息を詰めるような気配がする。光忠の様子はというと、眉間に皺寄せて剣呑な顔つきをしていた。良くないのかと不安になるが、手にした肉棒は逞しくなるばかりだ。

「まだ大きくなるのか、凄いなお前のポテンシャル」
「お褒めにあずかりどうも……」
 軽口に応える語尾が掠れている。控えめに言って滅茶苦茶エロい。

 失われる語彙力と反比例して俺の動きはどんどん積極的になっていった。始めは少し濡らす程度だった奉仕も、今や咥内いっぱいに光忠を含んでじゅるじゅると下品な音を立てている。
 限界まで育てた陰茎はとても根元まで入りきりそうにない。

「はせべくん、も、じゅうぶん、だからはなして」
 耳元に指が掛かる。光忠が俺の頭を柔く掴んでいた。腰を引き、俺の口から射精寸前の逸物を抜こうとしている。そうはさせまいと一際強く吸いついた。ぐ、とくぐもった声が上がる。
「んぐゥッ!?」
 急に頭を押さえつけられ、喉の奥まで犯される。固い切っ先で中を抉られ、何度か嘔吐きそうになった。
 俄に膨らんだ熱から欲望が叩きつけられる。ずる、と這い出た亀頭から、白い粘ついた糸が舌の上まで伸びていた。

「は、ぁ――だいじょうぶ、はせべくん」
 光忠に抱き起こされ、背中を優しく撫でられる。
 広がる青臭さに何度か咳き込んだ。へばりつく白濁を呑むのは至難の業だったが、それでも何とか男の名残を全て飲み下してやった。

「ふ、どうだ」
「なに、その勝ち誇ったような顔」
「好きでなきゃ、こんなまっずいもの飲み干せるわけないだろう。解ったか、唐変木」
 舌を出してふんぞり返る。膝上に座らされたため、普段は仰ぐばかりだった幼馴染みを見下ろす形になった。
 ぬばたまの黒髪から覗く一つ目が大きく見開かれる。紅潮したままの頬は異様に艶っぽくて、燻る下半身の熱をさらに昂ぶらせた。

「うん、わかった。長谷部くんは負けず嫌いで、すごいえっちだ」
「語弊のある言い方はやめ、っ……!?」
 不意にもたらされた快感に言葉を失う。見れば黒い五指が俺の下腹部に伸びていた。
 親友の痴態に当てられた性器は、どんな僅かな刺激も拾おうと敏感になっている。遠慮も容赦もなく揉み込まれれば、その分はしたない嬌声が次々に漏れた。

「あ、ァッ……みつ、ひンッだめ、あァアっ……!」
「だめじゃないよね。掌に腰ぐいぐい押しつけてきてるし気持ち良いんだよね、長谷部くん」
「あぁ、いい、きもちいぃ……! 光忠にさわられるの、きもちいい……!」

 解放を求めて腰が勝手に動く。手淫のせいで股間はもう痛いくらいに張り詰めていた。
 楽になりたい一心で服を寛げようとするが、指先は痺れて目測も定まらない。覚束ない様子の俺を見かね、光忠が代わりに前を開けてくれる。
 こちらの留め具を下ろしきるなり、光忠は自らの革手袋を咥えるようにして剥ぎ取った。好青年らしからぬ振る舞いに俺の期待はいよいよ高まる。その白い肌に残る火傷を臨む間もなく、露わになった素肌が俺の下着の中に滑り込んだ。

「もうぐちゃぐちゃだね、ここ。汚れる前に脱いじゃおうか」
「ンッ、んん、わか、ったァ……」

 足を上げ、不要になったスラックスごと下着を脱ぐ。外気に晒された足が寒さを訴えるより先に、意識は嬲られる中心に持って行かれた。
 光忠の肩口に頭を預け、上着を掴み、押し寄せる官能の波をやり過ごす。俺を責める手の動きは滑りが増すにつれて大胆になっていった。
 竿全体を肉の輪で擦られたと思えば、括れを弄られ、先端を悪戯に押し潰される。
 光忠の手管に翻弄されるまま、俺はひたすら女みたいに喘ぐことしかできなかった。

「みつ、でる、も、でるからァ……!」
「いいよ、僕の手の中にいっぱい出して」
 そう囁いて光忠は手の動きを一層速めた。散々に嬲られた身体がその猛攻に耐えられるわけがない。あっさりと限界に追いやられた俺は、獣みたいに吼えて光忠の手に子種をぶち撒けた。瞼の裏がちかちかと明滅する。

「は、ぁ……」
 吐精後の脱力感に任せて光忠にもたれ掛かった。俺を支える左手は優しく背を撫でてくれるが、もう一方の手は白濁と我慢汁塗れである。
 少し申し訳ない気持ちになっていると、光忠は何を思ったのか俺に汚された右手を口元に運んだ。赤い舌が躊躇無く精液を掬い上げる。すぐと麗容を歪める幼馴染みの姿に、俺は絶句する他無かった。

「な、何で舐めるんだ馬鹿!」
「長谷部くんもさっき僕の飲んだじゃないか。うわ、本当しゃれにならないほどまずい」
「なら吐き出せ、無理して飲むような代物じゃないだろう」
「そうだね、確かに好きじゃないと無理だね、これは」

 光忠は笑いながら残りの分まで舐め取っていった。
 負けず嫌いなのはいったいどっちだ。呆れて毒づくも、光忠は機嫌良さそうに俺を抱いたまま一向に取り合おうとしない。

「僕は長谷部くんのことが好きで、長谷部くんも僕のことが好き。ふふ、幸せだねえ」
「それについては、同意だ」
「今すごいキスしたい、って言ったら断る?」
「気が合うな。タイミングは最悪だが、俺も同じことを考えていた」
 顎を取られる。五年間、焦がれていた男の唇は精子の味がした。

 枕に顔を押しつけ、息を殺す。自分の意志通りにならない、他人の身体を受け入れるのは流石の光忠が相手でも抵抗があった。探るように腸壁をなぞる指をどうも必要以上に強く意識してしまう。

「長谷部くん、もう少し力抜けない?」
「ん、ぅ……が、頑張ってみる、が」
「ごめんね、僕もゆっくり慣らしていくから」
 宣言通り、光忠は無理に押し入ろうとはせず、時間を掛けて中を広げていくつもりらしい。それはそれで困る。
 俺は他人の指だから戸惑っているだけで、後ろで快感を拾うのに不慣れなわけじゃない。丁寧に解されたりなどすれば、逆に決定的な刺激欲しさにあらぬことを口走ってしまう可能性がある。
 今後光忠を部屋に上げるときは秘密道具の封印をより厳重にしておかなくてはなるまい。

「ひゃぁっ!」
 内部にある指が偶然しこりを掠める。俺の反応を是と見たのか、光忠はその一点を何度も往復するように指を動かした。
 一度快楽を覚えれば、後は玩具だろうが指だろうが変わらない。寧ろ自制が利かない分、断続的に与えられる刺激は理性を手放すのをいつも以上に速めさせた。

「ア、ぁあ、ンンーッ! ……って、まって、みつただァ……!」
 先とは打って変わって、俺の中はさぞ嬉しそうに男の指を咥えていることだろう。二本目を宛がわれても、柔らかくなった淵が侵入を拒むことは無かった。

「長谷部くん、本当に男を相手にするの初めてなの?」
「あ、たり……まえ、ァッアア! や、そこ、つよいぃぃ……!」
「才能があるのかとも考えたけど、それにしたって反応しすぎだよね。もしかして一人で弄ってたりした?」
「ま、まさか」
 ぐりぃ。
「ひやぁあぁ!」
「弄ってたよね」
「う、ぅうー……くそ笑うなら笑え……どうせ俺は男に抱かれることを想像して、夜な夜な尻の穴を弄くり回す変態なんだ」
「いやそんなこと微塵も思ってないから。ただ、どうせなら開発も僕が一からしてあげたかったなって」
「お前も大概変態だから俺もセーフだな」
「アウトとかセーフの問題じゃないからね。うん、でも痛いより気持ち良い方がずっと良いよね」
 指を引き抜かれる。喪失感に震えたのも束の間、それまで放っておかれた性器に甘い痺れが走った。またも先端を濡らしていた竿は、光忠の愛撫でみるみる硬度を取り戻していく。

「はぁ、はーっ……! う゛ぁ!?」
 前の快楽に溺れる俺を窘めるがごとく、再び後孔に指を埋められた。しかも二本から三本に数が増えている。
 苦しいとは思わない。水音が立つほど乱暴に掻き回されても、肉襞は男に蹂躙されるのを悦ぶばかりだ。

「だいぶ柔らかくなってきたね」
「うん、うンッ……」
「これなら、僕のも入るかな」
 割れ目に肉棒が押しつけられる。その長大さは咥えたときに把握済みだ。

 あの太くて逞しい逸物に貫かれたら、きっと俺はおかしくなってしまう。だって絶対に気持ち良い。考えるだけで指だけじゃ物足りなくなって、腹の奥が疼いて、切なくなってきた。

「だいじょうぶ、だと、おもう。いつ来てくれてもかまわないから、光忠の、好きにしてほしい」
 首を動かし、背後から寄り添う男に微笑みかける。
 俺を弄う両の手が離れた。体勢をひっくり返されるや、肉の塊が収縮する窄まりを小突く。切っ先が沈むと、忽ち引き攣れるような痛みが襲ってきた。

「あ゛、ああ、ゥぐ、ぅうッ……!」
「ハ、きっつ……」

 拓かれることに慣れたはずの身体が悲鳴を上げる。それだけ光忠のものは規格外だった。
 共に荒い息を吐いて、苦痛に喘ぎながらも慎重に事を進めていく。徐々に重くなる腹に手を伸ばした。
 この皮膚の下に光忠が居る。まるで夢みたいだ、と嘯けば応えるように頬を撫でられた。

「五年も待たせて、ごめんね」
「いい。最終的に、お前は俺を選んでくれたんだからな」
 どちらともなく顔を寄せる。口と口とを、腰から下を隙間無く密着させて、互いの熱を貪り合った。

「ん、んゥ、もっと、もっとくれ、みつただ」
「ふ、君が望むなら、いくらでも」
 舌を絡ませ合う。上顎や歯列をなぞられるたびに多幸感が内側を満たした。咥内を好き勝手荒らされることが嬉しくて嬉しくてたまらない。俺は今、あの光忠に求められているのだ。

「ッ、すご、長谷部くんのナカきゅうきゅうして、吸いついてくるみたい」
「はっ……どうにも、身体は正直なものでなァ? このままじゃ、お互い、つらいだろう……?」
 口の端から零れた唾液を掬い、舐め取る。左手は自分の唇に、残る右手は収めた光忠の輪郭を辿って腹から下へと。
 繋がった部分をなぞって一言、犯してくれ、と囁いた。

「アアアアアアア! みつ、ッ、やぁ! あぁッ、ハぁ、いぃ、すごぃい!」
「ははっ、顔とろとろにしちゃって、本当えっちな子だねえ、長谷部くんは!」
「だ、ッてぇ、みつただが、ァア! すき、すきらから、さわられると、どこも、きもちよくてェ……!」

 容赦無く揺さぶられ、俺は身も世も無く喘いだ。
 抜ける寸前まで腰を引かれれば中は寂しさを訴え、一気に奥まで埋められれば逃すまいと媚肉が剛直に縋り付く。己を高めてくれる熱を俺の身体はどこまでも淫らに歓迎した。始めは控えめだった水音も、次第に激しさを増していく。

「はァ、ンン、も、イきたい、だしたい、みつたらぁッ……!」
 光忠と俺との間に挟まれ、押し潰された性器が二人の腹を濡らす。前立腺を光忠に擦られるのは尋常でない快楽を生んだが、男の本能が射精したいと竿に手を伸ばさせた。
 しかし自らを慰めようとした手は取られ、あっけなくシーツに縫い付けられる。

「なん、でェ、あッあああァっ、て、はなせ、みつたっアア゛ァッ!」
「ふッ……はぁ、君、前々から後ろ弄ってたんだろ? なら頑張ればお尻だけでもイけるんじゃない?」
「そ、れはッ……ひぃッ! い、イくときはァ、まえもさわって、たからッ、ちゃんとしたナカイキはしたことないィ……」
「あれ、そうなんだ。じゃあ、せっかくだし試してみよう、か!」

 ズン、と一突きされ、瞼の奥で光が散る。刹那、爪先から髪の先まで強烈な刺激が全身を駆け抜けた。

「あああああああああああああああ!?」
 喘ぎ声なんて可愛いものではなく、俺は髪を振り乱して絶叫した。形を意識するほど己を嬲る雄に食らいつき、絞り上げる。

「くっ、ッ、――!」
 霞む視界の片隅で光忠が顔を顰める。低く呻くや否や、先端が腸壁をこじ開けて、入ってはならない部分まで侵入を果たした。
 鈍い痛みを覚えたのは一瞬で、すぐに内側を濡らされる悦びに取って代わられる。飛沫を勢いよく叩きつけられ、極めたばかりの秘肉は再び絶頂に溺れた。

 強すぎる快感はある種拷問じみていてる。長引く余韻に、気付けば頬には雫が伝っていた。
「ハ、ァ――あ……ん、上手にイけたね、長谷部くん」
 多量の精液を注ぎながら男は満足げに微笑む。達して余裕のできた光忠と違い、俺は未だに息すら整わぬ体たらくだった。

「フゥ、フ、ハァ……おまえ、さっきのイラマチオといい、実は結構なサドだろ」
「否定はしないけど、犯してくれなんて誘い方する長谷部くんも割かしマゾだよね」
「馬鹿言え……俺は、お前に乱暴にされるのが嫌いじゃないだけだ」

 恐ろしいことに、あれほど無体に扱われようと、不服に思うどころか嬉しく感じてしまった自分がいる。
 五年の片恋は俺の性癖をねじ曲げるに十分だったらしい。伊達男の矜恃を打ち棄て、嗜虐的な一面を見せる光忠が殊更に愛おしかった。

「はぁ、あまり僕を甘やかさないでくれよ長谷部くん。うっかり変な趣味に目覚めちゃったらどうするんだ」
「だが断る。どんなプレイにも付き合ってやるから、もっと俺に執着しろ」
「これ以上?」
「求めてくれるなら、いくらでも」
「はは。それはそれは、願ったり叶ったり、かな」
 倒れ込み、俺を抱く光忠の背に手を回す。そのまま戯れるように互いの口を吸っていると、当然と言うべきか若い身体はすぐに熱を取り戻した。
 それから一晩のうちに何度繋がったかは定かでない。記憶にあるのは、寝起きに色男のアップは目に毒ということだけだ。

「光忠」
「なあに、長谷部くん」
「お前あれか、暇なのか」
「今は君の顔を見るのに忙しいかな」
「言ってて恥ずかしくないか? 大丈夫か?」

 本心だから平気だよ、と何の衒いも無く我が幼馴染みは断じてみせる。先日まで人の猛アピールを素気なく躱していた男とは到底思えない。
 熱烈な視線に甘ったるい睦言まで加わって、誰が論文に集中できるというのか。先ほどからテキストエディタのカーソルは同じ場所で点滅を続けるばかりだ。

 そもそも、ここは教育学部の研究棟である。資料なら付属図書館の方が揃っているので、文学部の光忠青年が赴く余地は無い。
 それにもかかわらず、この男は無関係なゼミの研究室に居座り、あまつさえ俺のデスクにコーヒーだの茶菓子だのを運んでくるのだった。

 まあ正直な話、脳を酷使している状況で糖分の提供はありがたい。ありがたいが、何をするでもなく文章に頭を悩ませる姿を観察されるのは困りものだ。それが好きな奴なら尚更である。

「しかし論文なんて僕を避けるための口実だと思ってたよ」
「あながち間違っちゃいないさ。良い機会だから、今まで家で進めていたのを止めて、研究室に籠もろうとしたんだ。こっちは設備も整ってるし、行き詰まったときも教授に意見を仰げるしな」
「そっか、じゃあ当分帰りは遅くなりそうだね」
「だろうな。……お前も、無理して俺に付き合わずに先に帰っていいんだぞ」
「無理なんてしてないよ。ここに居るのは僕の自由意志。それに、僕の新しい恋人ときたら、自分のことにはとんと鈍いみたいだし。今のうちに少し釘を刺しておいた方が良いと思うんだよね」

 物憂げに語る光忠だったが、その内容は抽象的で何とも図りがたい。鈍いというなら、自覚もないまま親友に手を出そうとしたお前だって相当だろう。
 と、色々反論したい気持ちを抑えてキーボードに向き直る。このままでは冗談抜きで進まない。それに、理由はどうあれ光忠に想われるのは良い気分だ。

 それから数千字ほど書き足したところで光忠のスマホが鳴った。交友の広い男である。通知自体は研究室に入ってからも何度か来ていたが、それを確認した持ち主が目に見えて反応を示すのは初めてだった。

「また女友達に告白でもされたか?」
「それなら断るだけだから構わないよ。お婆さんから、みっちゃんを訪ねて来たお客さんがいますよ、って連絡が来てた」
「うちの神社にわざわざ?」
 婆さんを間に挟むくらいだから、その客とやらは光忠の連絡先を知らないのだろう。なら然程気に留める仲でもないと思いきや、友人の男らしい眉は八の字を描いている。

「長谷部くん」
「行ってやれ。誰かは知らんが、あの長い階段を上ってまで会いに来たお客さんだ。せいぜい丁重に扱ってやれよ」
「ああ。君も缶詰めは程ほどにね」
 一度方針が決まれば光忠の行動は早い。てきぱきと支度を済ませ、軽く拭き掃除まで済ませた男は、最後に俺の前髪を指先で掻き分けた。

「行ってきます」
 額に触れた温もりが寸秒足らずで離れていく。蜜を溶かした瞳には俺だけが映っていた。

 ドアの開閉音を背にしながら、仄かに湿った額を掌で覆う。羞恥と歓喜に悶えること数分、一人きりの研究室で俺は声にならない悲鳴を上げ続けた。

 我に返り、ようやく原稿が軌道に乗り始めた頃である。放置されて久しい自分の携帯が小刻みに震えた。
 見れば、ゼミの後輩からのメッセージで、今から会えないかとのことだった。研究室ではできない相談らしい。居場所を告げると、申し訳ないが研究室棟の裏まで来て欲しいと断られた。
 時刻は四時を回ったぐらいで、帰宅するにはまだ早い。後輩の話を聞くぐらい大して時間も掛からないだろう。
 俺はパソコンの電源もそのままに、上着だけを羽織って研究室を後にした。

「長谷部さんのことが好きなんです」
 後輩の告白に耳を疑う。俺たち以外誰もいない裏庭は、痛いほどの静けさに包まれていた。
 頬を赤らめ、俯く彼女は俺の返事を健気に待っている。この場の沈黙を破る権利も義務も、全ては己に委ねられているらしい。

 この後輩はやや消極的ではあるが、優しく真面目な女性だった。解らないことを解らないままにしようとはせず、疑問が浮かべばすぐに調べ、懸命に答えを探そうとする姿勢は学生の鑑と呼ぶに相応しい。俺も少なからず好感を抱いており、珍しくあれこれ世話を焼いていた自覚はある。ただ一方的とはいえ、そこに男女の情が介入しようとは思ってもみなかった。

「悪いが」
 いかに後輩が人として好ましかろうと、彼女に応えることなどできない。五年前から、いや物心ついたときから、長谷部国重は長船光忠だけを想っていた。

「俺には他に好きな奴がい」
「長船さんでしょう?」
 驚きに目を剥く俺と違い、後輩は眉尻一つ動かさずにその名を告げた。恋心に胸ときめかせる少女の面影は既に無い。

「始めのうちはまさかって思いましたよ。でも長船さんの話をするときの長谷部さんはいつも楽しそうで、とても目がきらきらしていて。確信したのは、長船さんと実際に会ったときにですけど……随分と、嫉妬深いご友人をお持ちなんですね?」
 唾を呑み込もうとして、喉がひどく渇いていることに気付いた。後ろめたく思うことなど何一つ無いのに、妙に息苦しく頭痛さえする。

 女の淡々とした独白はなおも続いた。

「でも長谷部さんは本当に長船さんを好きなんですか? 右目と腕の火傷を負い目に感じていて、それから目を逸らすために、彼が好きだと自分に言い聞かせているだけじゃないんですか?」
「ッ、うるさい、部外者のお前が知ったような口を利くな!」
「本当に見当違いな指摘なら、そこまで声を荒げなくてもいいでしょう? 内心、長谷部さんも否定しきれない部分があるんじゃないですか? それは仕方ないですよね、現実の長船さんは貴方を庇って酷い傷を負ってしまったんですから。もし彼が健常のままだったら、なんて仮定は所詮仮定でしかありませんものね?」

 女が愉しげにせせら笑う。
 こいつは誰だ。控えめで、不器用で、それでも誰より一生懸命だった後輩はどこへ行った。俺と光忠だけが知り得ている、禁忌にも似た秘密を当然のように暴露する女はいったい何者で、何が目的だ。

「お前が言うように、仮定は仮定だ。視力を失わず、火傷も負わない光忠なんて存在しない。俺が好きになったのは今の光忠だ。それだけで、事実としては十分だろう」
「その仮定を現実にできるとしたら、長谷部さんはどうします?」
「どういう意味だ」
「五年前の事件を無かったことにできたら、貴方はそれを歓迎しないんですか。大事な親友の右目と両腕を奪わず、素直に彼が好きだと言える世界を、長谷部さんは望んだりはしないんですか」

 ――もし僕が怪我を負わなかったら、長谷部くんは僕のこと好きなんて言い出さなかったんだろうねって話だよ。
 ――僕への気持ちに、少しでも贖罪の意志が入ってないと君は言い切れるかい。

 動悸がする。今の今まで、光忠への気持ちを疑ったことは無い。俺がここで返すべき答えは一つなのに、何故か口は否の意志を明らかにできずにいる。

 もし五年前の事故さえ起きなければ。光忠が竹刀を捨てることも、俺との決着を諦めることも無かった。ああ、それはなんて、蠱惑的な幻想なんだろう。

「一つだけで結構です。私のお願いを聞いてくれるなら、長谷部さんの大事な彼が傷つかない世界を見せてあげられますよ」
 キン、と不快な耳鳴りがしたと思うや、視界が一変していた。

 ありふれた大学の裏庭、敷地を覆う雑木林の前に、時代錯誤な鎧武者が立ち並んでいる。編み笠の下や、長く垂れた前髪から覗く眼窩は瘴気を纏っていた。彼らが例外なく手にした得物は、おそらく模造刀ではなくいずれも真剣に違いない。

 馬鹿でも判る。肌をひりつかせるほどの殺気を放っておいて、あれを玩具と主張するのは無理があるだろう。

「願いを叶える魔法使いにしては、やけに無骨で野暮ったい連中ばかりだなァ?」
「人や物に限らず、見た目と中身は一致しないものですよ。私も、貴方も。そうでしょう。へし切長谷部」

 腑に落ちる。この感覚を表すのに、その表現ほどしっくり来るものは無かった。
 今まで欠けていた破片が在るべき場所に還るがごとく、空を掴んでいた左手に確かな重みが生まれる。

 刃長は二尺あまり、金と黒が映える鞘に燻韋ふすべがわの柄巻、拵えの下には、彼の第六天魔王にも認められた切れ味の業物が収められていた。

「俺が何者か解っていて、例の誘いを掛けたのか」
「勿論。好きな方をお選び下さい神様。ここで刀を抜き永遠に罪悪感と戦い続けるか、愛しい男のために過去を変えるか。いずれにせよ、私は貴方の選択を尊重します」

 狂気に憑かれた女が嗤う。その後方には、俺を獲物と見て燻り続ける遡行軍の面々が控えていた。
 我が後輩ながら情けない。告白ぐらい一対一で行って然るべきだろう。そんな度胸も無いから、お前は質の悪い連中に引っ掛かったりするんだ。

「やれやれ、今も昔も美人局の類は後を断たないらしいなあ」

 剽げた声が頭上から降ってくる。舞い降りた白い閃光は、異形の背を貫きながら衣の裾を優雅にたなびかせた。

「驚きには多少のハッタリも必要かもしれんが、流石にサギは頂けないねえ。鶴としてもここは譲れないな」
 蜘蛛を模した化生が黒い霧となって散り果てる。その残骸はまるで男の白さを強調するかのように舞い、幾ばくもせずしてこの世から消失した。

 乱入者の登場に唖然とする中、鶴を自称する男だけが薄笑いを浮かべている。悪戯を成功させた少年にも似た彼の表情は、確かに見覚えのあるものだった。

「昨日ぶりだな、長谷部」
 金色の瞳がこちらを向く。その肩には肉を裂いたばかりの太刀が掲げられていた。

 昨晩抱いた、言いようも無い親近感の正体を俺はここに至ってようやく知る。知己か否かなど関係無い。同じ鋼で出来た身なれば、人の子より余程近しく感じるのは道理だろう。

「多勢に無勢という言葉をご存じでしょうか」
「そうだなあ、絶体絶命の状況から華麗に大逆転、っていうのも悪くない。しかし俺の目的はこちらの迷子を無事に保護することでね、手に手を取っての逃避行も辞さないつもりさ」

 人と刀が睨み合う。その中間に置かれた俺は、変わらず二択を迫られているらしい。
 己の理想がために遡行軍に与するか。はたまた、歴史を守って刀剣男士としての使命を全うするか。

 悩む必要など無い。とうの昔に俺の選択は決まり切っている。白い刀――鶴丸国永に目配せすれば、男は破顔を以て俺に応えてくれた。

 手にした鞘から我が身を引き抜く。皆焼の刃文が入った鋼がどれほどの切れ味を誇るか、誰よりも俺自身がよく知っている。
 力を入れずとも易々と骨肉を裂く切っ先は、同胞たる付喪神の器に向けられた。

「か、はッ――」

 袈裟切りにした傷口から鮮血が噴き出る。鶴を冠した刀は、自らの血で号には足りなかった赤色を補った。

「すまないなァ、鶴丸。お前の言うとおり、俺は俺の傍にいる奴を大切にしてやりたいと思う。だから、この身は光忠を守るために振るわせてもらう」

 鋒から赤黒い雫が垂れる。それと同じ色をした水溜まりが、斬り伏せた身体の下から広がっていった。