僕らはだるまに祈らない - 1/6

 

 

 歴史に「もしも」は有り得ない。有り得ないからこそ、反ってその幻想に焦がれるのか、現実とは異なる世界を思い描くことに人々は熱中する。

 もしあの英雄が死ななかったら、あの武将が裏切らなければ。架空の歴史を語る際、往々にして議題に上がるのは傑物の去就だろう。
 しかし人は未来を知ることができない。あのときああしていれば、と過去を顧みて別の可能性を想像できるのは後世を生きる者の特権である。

 曰く、クレオパトラの鼻がもう少し低ければ、世界の歴史は変わっていた。ハーンが酒に溺れていなければ、ヨーロッパはモンゴルに征服されていた。
 教科書にも載っているような常識すら、一個人のささやかな違いで大いに記述が変わっていたかもしれない。
 無論、こうした風説は針小棒大がお決まりであって、実際にその通りになったところで大勢への影響は知れているだろう。

 それでも日常に様々な後悔を抱え生きる者は、叶わぬもしもを過去に求めて已まない。在りし日の思い出とはとかく美化されがちである。
 手に入らないからこそ目映く見える。仮に一生をやり直せる手段があれば、飛びつく者は後を絶たないだろう。たとえそれが今ある幸せを擲つ選択肢だとしても、欲に溺れた彼らは結果も定かでない別の道を採ってしまう。

 強すぎる憧憬は時に人を狂わせる。それは人に近づきすぎた刀も例外ではなかった。

 へし切長谷部は自らの恋心を証明するため、思い人と敵対し、同胞にまで手を掛けた。彼の刀にとって、長船光忠の右目はこれから二人で育んでいくはずの未来よりも重く、守らねばならないものだった。

 ――その右目が見えようが見えまいが、俺の気持ちは変わらない。

 白刃を振るいながら長谷部はそう告白した。
 攻防は光忠の勝利に終わり、かの発言の真実が確かめられる日は終ぞ来なかった。

 従って、これより先は有り得るはずのない「もしも」の話である。

□□□

 先輩に連れられ、倉庫に向かう途中だった。

 渡り廊下の先には自動販売機の列が並んでいる。その傍らで男女二人組の影が見えた。仲睦まじく話している様子からして、おそらくは恋仲なのだろう。
 目に余るような接触はしていないし、どこぞの友人のお陰でこういった光景には免疫ができている。羨ましいとは思わないが、連想した人物のせいでつい溜息が漏れてしまった。
 ここ数年の俺はすっかり剣道三昧の日々を送っている。自分も他人も含め、色恋沙汰には全く興味が無い。ただし、幼馴染みの長船光忠に限っては話が違った。

 引く手あまたの我が親友殿は、中学以来彼女のいない期間の方が短い。
 今日も部活前に少し会ってくると言っていた。県大会を制し、剣道部もより一層熱が入ることは間違いない。会える頻度が少なくなる中でも、あいつは律儀に恋人のための時間を作ってやっている。女子からすれば、まさに理想的な彼氏だろう。
 放課後の多くを部活に費やしているから、光忠の土日は大概彼女との約束で埋まっていた。小学校までと比べ、朝から晩まで俺と一緒にいることは、ほとんど無い。

「鍵を取ってくるから、少しここで待っててくれ」
 そう言い残して、先輩は職員室の方へ向かった。

 一人になった俺はポケットに手を遣り、中にある袋の輪郭を意味もなくなぞった。次第にそれだけでは物足りなくなって、取り出した黒地の御守りを掌に載せてみる。
 鞄に忍ばせるだけには留まらず、とうとう懐に入れて持ち歩くようになってしまった。我ながら女々しいことこの上ない。

 俺たちは兄弟同然に育った。初めての友人で、誰より近しい家族で、お互いが最大の理解者だった。それでも光忠にとっての一番は俺じゃない。そんなことは中学の頃から解りきっている。
 いい加減あいつの隣に自分以外の誰かが立つことにも慣れたはずなのに、高校から、いや光忠にボタンを渡された日から俺はおかしくなってしまった。

 一番大切な人。親友にボタンを託す理由として、あの男は俺をそう評したのである。
 あれから数ヶ月と経ち、光忠の彼女が幾度か代替わりしてなお、俺は卒業式の言葉を引き摺っていた。
一人で歩く帰り道はやるせない。また休日に互いの家を訪ねては益体のない話をしたい。どうせ長続きしない彼女よりも、俺の方が光忠を楽しませてやれるのに。

 かぶりを振る。それまで意識の外にあった蝉の声が妙にうるさく聞こえた。
 庇の下でも真夏の日差しは容赦なく降り注ぐ。顎先に溜まった汗を拭い、待ち人の姿を探した。

 校舎から出てくる生徒の波を観察する。彼らの行く先は多くが部室棟や体育館で、当然ながら倉庫に目を向ける者はいなかった。
 そろそろ俺も竹刀が恋しい。中々戻ってこない先輩に焦れていると、代わり映えしないコンクリートに長い影が落ちた。

「長谷部くん、こんなところでどうしたんだい」
 上靴のままの光忠が土を踏む。渡り廊下から俺の姿を見て、部活に向かう前にこちらへ寄ってくれたのだろう。

「先輩を待ってる」
「先輩? 部活の?」
「ああ。備品の修理に使う道具が置いてあるらしくてな。その場所を教えるから、後で他の一年にも伝えてくれと言われた」
「長谷部くんだけかい。見込まれてるねえ」
「ふふん悔しいか?」
「今のところ勝ち越してる僕は余裕の表情かな」
 ここ最近の対戦成績に触れられ舌を打つ。今日こそはあの無駄に整った顔面に一撃入れてやろうと決意を新たにした。

 一旦別れた俺たちだったが、数分もしないうちに光忠が倉庫まで戻ってきた。てっきり光忠も俺と同じく修理の講義を受けると思いきや、
「君をここに引っ張ってきたのはどの先輩だい?」
 と、神妙な顔つきで尋ねてきた。

「どの先輩って、それは――」
 知らぬ名前の代わりに、外見の特徴を答えようとして言葉に詰まった。

 思い出せない。つい先刻の話なのに、その人物の姿形、声色、交わしたやりとりすら曖昧になっている。思い出そうとすればするほど、記憶はますます毀れて白紙へと還っていく。
 混乱する俺に、光忠はさらに追い打ちを掛けた。

「剣道部で修繕をやっていたのは昔の話で、今は専門店に任せるか新しい竹刀を買うらしいよ」
 微風が肌を舐める。蒸し暑さを感じて然るべき暑気の中で、俺は軽く身震いをした。
 もう男の輪郭はおろか、何故自分がこの場に立っていたのか、その理由も解らない。

□□□

 白昼夢というにはあまりにもリアルだった。今もなお狐につままれたような感覚を引き摺っている。あれから部活に参加するも、集中力が続かず光忠に四勝目を許してしまう体たらくである。
 ただ向こうも俺が本調子でないのを見抜いており、戦績に数えるつもりはないと断ってきた。精神面の鍛錬も武道の一環とはいえ、今回ばかりはお互いに理不尽さを覚えていたからだろう。

「お祖父さんにお祓いしてもらったらどうだい?」
「考えておく。お前も煩悩退散を頼んでみたらどうだ」
「恐ろしいことを言うなあ、学生から青春を奪うなんて悪魔の発想だよ」
「いつか刺されるだろう親友への配慮だが?」

 日の落ちた畦道を光忠と二人歩く。電灯の光は遠くの路面を照らすだけで全く当てにならない。代わりに頭上では月白と星屑が冴え渡っており、夏の夜道をぼんやり照らしていた。
 いくら歩くのには困らない明るさと言っても、俺一人では必ず難儀していただろう。今こうして背筋を伸ばし堂々と歩けているのは、隣に光忠がいるからだ。

 光忠が冗談に付き合い、日常を装ってくれるお陰で俺は狂わずにいられる。親友の恋愛遍歴をからかう傍ら、ひやりとした怖気をずっと首筋に感じていた。
 紙一重だった。根拠などないが、俺はあのとき倉庫に入らなかったことで九死に一生を得たと思っている。
 ただ粘つくような不安だけは未だに消えない。竹刀を振っても、御守りを握りしめても、俺の心が安らぐことはなかった。

 道が分かれる。光忠と一緒に居られるのは、ここまでだった。また明日、と言われたら俺も同じ言葉を返さなくてはいけない。

「長谷部くん」
 馴染み深いはずの低音に身構える。

「たまにはうちに泊まりに来ない? 父さんは帰省中で、母さんは夜勤だから気兼ねしなくていいよ」
 光忠は、覚悟していた別れの挨拶は口にしなかった。代わりにもたらされた文句を呑み込めず、言葉を失う。この誘いが俺にとって救い以外の何者でもないと気付いたのは、数秒ほど経ってからだった。

「ど、うして」
「君を誘うのに今さら理由が要るのかな」
 心外だ、と言わんばかりに光忠が口を尖らせる。是非もない。もし自分が問われる側だったなら、やはり光忠と似たような反応を示すだろう。

「それもそうだ……変なことを訊いたな」
「大丈夫。長谷部くんが変なことを言い出すのは今日に始まったことじゃないからね」
「大丈夫か? こんな毒舌男を幼馴染みに持って本当に俺は大丈夫なのか?」
 いつも通りの、遠慮のないやりとりが続く。横並びになった運動靴が向かう先は、神社のある山中ではなく、ふもとの一軒家だった。

 土地が有り余っているのは田舎の常だが、長船の邸宅は中でも一際大きい。伊達に村長を担っていたわけではなく、昔からこの辺りでは羽振りを利かせていたと聞く。しかし長船は戦後の混乱から上手く立ち直れず、資産の大半を手放すことになった。今となっては身の丈に合わない豪邸だけが当時の栄華を伝えている。
 先祖からすれば凋落も良いところだろうが、長船家が村の顔であることは昔と変わらない。村長の任期を終えてなお、高齢者の多くは長船家の当主に敬意を払っている。その声望は養子である光忠にも及んだ。
 商店街の主婦勢なんかは、我が親友をよく地元のアイドルと呼んでいるが、あながち間違いではない。長船家の子息は、村の人間にとって御曹司も同然だった。

「長谷部くん、冷やし中華とカレーどっちがいい?」
 ただこの御曹司、エプロンとフライパンが異様に似合うので困る。腕前の方も料理部が裸足で逃げ出すレベルなので困る。

「冷やし中華」
「オーケー、できあがるまで寛いでていいよ」
 ややあって台所から小気味よい音が聞こえてくる。トトト、と続けざまに野菜が刻まれ、次いで熱された鍋に溶き卵が投入された。

 わざわざ覗かなくても作業工程は容易に想像できる。俺自身は料理などほとんどできないが、幼い頃より味見役を務めてきただけあり、厨での光忠の動きはおおよそ把握していた。垂れ流しのバラエティ番組がCMに入り、本篇に戻るまでには完成するだろう。
 予測は概ね当たり、画面が中断前の映像を繰り返す頃に二人分の夕食がテーブルへと並んだ。

「いただきます」
 召し上がれ、という光忠の言葉を皮切りに互いの箸が動く。

 しっかり冷えた麺は喉越しも良く、蒸し暑い夏の夜には打ってつけである。トマトの果肉は仄かに甘く、歯応えを残した胡瓜はどれも瑞々しい。タレもしつこすぎず、野菜の風味を潰さない塩梅で掛けられていた。
「美味い……」
 悲しいかな、この料理の出来映えを表現できるほどの語彙力は持ち合わせていない。ただ俺がいかに満足しているかは無事伝わったようで、対面に見える男らしい眉は優しく撓んでいた。

「長谷部くんは本当に美味しそうに食べてくれるね」
「俺は素直な良い子だからな、嘘はつけないんだ」
「確かに。すぐ顔に出るからババ抜きやダウトは悲惨なことになるよね」
「その発言撤回させてやるから、食べ終わったらトランプ大会な」
 部活で大いに身体を動かしてきた男子高校生である。山のように麺の盛られた皿を平らげるのに時間は掛からなかった。

 洗い物を済ませ、順番に風呂に入ってからはいよいよ雪辱のトランプ大会である。
 光忠の部屋に入るのは一ヶ月ぶりくらいだろうか。見たところ、記憶とそう異なる箇所は無い。
 長船家は年期の入った和風建築だが、この部屋は畳の上に絨毯を敷いて洋風に仕立て上げている。家具は光忠が選んだらしく、モノトーン調のものが多い。小物の数こそあるが、雑然とした印象を受けないのは整理整頓が行き届いているためだろう。
 そして壁面のコルクボードには、家族や友人と撮った写真が貼られている。意外なことに、恋人と思しき姿は見当たらない。

 以前、彼女の写真を飾らない理由を訊いたことがある。そうして得られた答えは、身内以外を自室に入れる気は無いから、というものだった。じゃあ俺はどうなるんだ、と尋ねたが「長谷部くんは家族みたいなものだし」と、笑って返されてしまった。

 光忠が彼女と長続きしない理由がなんとなく解る気がする。こいつはいかにも陽気で社交的だが、実は他者との間に一線を引く傾向がある。どんなに仲良くなろうと、自分の領域には誰も踏み込ませようとしない。そこは人付き合いの不得手な俺と変わらなかった。

 きっと俺も光忠も、本当の意味で安心できる相手はお互いしかいない。育った環境も思想もついでに音楽性も違えど、俺たちは唯一無二の片割れで、双子みたいなものだった。

「久々のお宅拝見だが、相変わらず小綺麗にしてるな」
「散らかってるのは格好悪いしね。だからいつでも遊びに来てくれていいんだよ」
「お前のいない隙にマニアックなエロ本でも仕込んでおけばいいのか?」
「せめて僕がいるときに遊びに来てくれないかな」
「幼馴染みの恋路を邪魔するほど野暮じゃあない。俺の相手をする暇があったら彼女に会ってやれよ」
「長谷部くんが寂しがってるなら、デート中でも駆けつける所存だけどね」
「だからお前はフられるんだ」
「仕方ないだろう。どんな子と付き合ってみても、結局長谷部くんより大切にしたいとは思えないんだよ」

 話しながら切っていた札が手元を滑る。俺の膝上や床に五十三枚のカードが散らばった。
 拾おうとして伸ばしただろう光忠の指が止まる。一対の琥珀の中で、唖然とする俺が二人見えた。
 クーラーの効いた室内は快適で、ただ座ってるだけの現状は汗を掻く余地もない。それなのに、俺の頬は触れずとも察せるほどに熱くなっていた。
 慌てて俯く。理由は判らないが、とにかく光忠の視線から逃れたかった。

「長谷部くん」
 膝が近づく。後退るつもりで腰を浮かすも、先に手首を捕らえられてしまった。振り払おうと力を入れるが、俺を掴む腕はびくともしない。

「放せ」
「嫌だ」
「別に逃げたりしない」
「そんな下手な嘘を誰が信じると思う」
「素直で良い子の長谷部くんが嘘なんかつくわけないだろう」
「なら僕の目を見て話してみなよ。後ろめたいところが無いなら、できるよね?」

 迫られた二択はどちらも己の首を絞めるものだった。要求を呑めば、この間抜け面を光忠に晒すことになり、突っぱねたとして、後ろめたいことがあると認める羽目になる。
 散乱する赤と黒の図柄に交じり、道化師の姿が見えた。本来ならあの一枚を巡って壮絶な駆け引きを繰り広げていたはずなのに、どうしてこうなってしまったのか。
 たとえ嘘をつけなくとも、平静を装うくらいはできる。意を決し、重く垂れ下がっていた頭をもたげた。

「どうだ。これなら文句ないだろう」
「そうだね、顔が真っ赤なのがよくわかるね」
「風邪引いたかもしれないな」
「なら熱を計らないと」
 束縛していない方の手が俺の額に伸びる。パシン、と乾いた音が空気を震わせた。
 手を払われた光忠が目を丸くする。俺もまた自らの行動に驚き、息を詰めた。

「す、まない。その、つい咄嗟に」
 額に触られるぐらい何だというのか。幼い頃は一緒に風呂にも入り、同じ布団にくるまって寝たこともある。赤の他人ならともかく、光忠相手に潔癖症めいた反応をする必要はない。
 理屈では判っていても、明らかに本能は男との接触を警戒していた。

 怖い。そうだ、俺は怯えている。光忠にではなく、この幼馴染みに触れられることで、今まで見て見ぬ振りをしてきた何かを知ってしまうことに恐怖していた。
 温度を失った双眸に射貫かれる。普段よく笑い、よく喋る親友は口を噤んで、しどろもどろ謝る友人を冷たく見下ろしていた。その様子に俺もまた何も言えなくなる。

 重苦しい沈黙の時が流れた。光忠の腕は変わらず俺の手首を掴んでいたが、その力は随分と弱くなっている。ただ二度も振り払うような気はなれず、共に萎えた腕をだらりと下げたまま暫く向き合った。

「僕は、君に嫌われてしまったのかな」
 静寂が破られる。親友からは滅多に聞くことのない、か細い響き以上に、問われた内容はもっと信じがたいものだった。

「家に誘ったときも戸惑ってたし、僕の目を中々見ようとしないし、極めつけにさっきのあれだ」
 すかさず否定しようとして舌がもつれる。嫌われたと光忠が思っても仕方がない。そうした振る舞いの数々について、自分でも納得のいく説明をできる気がしなかった。何しろ、こっちも意識してやったわけじゃない。

「もし友人として僕に不満があるなら、遠慮なく言ってくれ。改善するよう務めるし、手厳しい評価を貰っても君を恨んだりしない。そもそも、僕らの間で我慢や辛抱なんて無粋じゃないか」
 あまりに切実な訴えだった。これほどの覚悟を親友にさせておいて、無慈悲に退けることなどできない。この真摯さに応えることで、反って光忠を苦しめる結果になったとして、もう遅い。俺の唇は、既に彼を裏切る告白を始めていた。

「お前は、俺を買いかぶりすぎてる」
「君が家だと案外だらしなくて適当だってことも知ってるのに?」
「そういう次元の話じゃない。本当のことを言ったら、光忠もきっと俺から離れたくなる」
「長谷部くんこそ僕を見くびりすぎじゃない?」
「これを見ても同じ台詞が言えるか」
 鞄から目当ての袋を取り出し、その中身を突きつける。俺の二指に挟まれた金属を認め、親友のかんばせが想像通り驚愕に染まった。

「友人が処分に困って渡しただけのボタンを、俺はさも大事そうに御守りとして持ち歩いてたんだ。光忠が誰と幸せになろうと、必ず俺を傍に置いてくれるよう願掛けまでしてな。ハッ、気持ち悪いだろう。軽蔑してくれて構わないぞ。さっきだって、お前が彼女よりも俺の方が大切なんて言うから、こっちは舞い上がって挙動不審な態度を取ってしまってなァ。こんなオチじゃあ、いっそ嫌われてた方が良かっ」

 語尾が厚くて硬い何かに阻まれる。姿勢を崩した俺の視界から光忠の姿が消えた。背中に回った腕が突如現れた壁へと俺を押しつける。この温もりを有した壁からは、心地良くも、胸を騒がせる香りがした。

「軽蔑なんてするわけ、ないだろう」
 切羽詰まった低音が耳を擽る。心臓が跳ねた。誰より馴染み深い友の声なのに、不思議と今は別人のように聞こえる。

「やっぱり長谷部くんは僕を侮ってたね。他ならぬ君をこの程度のことで嫌いになったりするもんか」
「この程度ってお前」
「ああ、ある意味重大発表だったね。長谷部くんが僕のこと好きすぎてどうしようって話だったからね」
「俺の決意が台無しになる要約やめろ」
「違うのかい?」
「ちがう」
 売り言葉に買い言葉で否定すれば、俺を抱き込んだ男から忍び笑いが漏れた。

「長谷部くんは本当に嘘が下手だなあ」
「お前の口が達者すぎるだけだ」
「そんなことないよ。今だって、どうやって長谷部くんを口説こうか思いきり悩んでるところだし」
「息するようにリップサービスが飛び出るな。クラスの女どもが騙されるわけだ」
「冗談で君相手にこんなことはできないなあ」
 背に宛がわれた手がゆっくり這い上がる。触れられた場所から順に熱を孕んでいく身体が怖い。

「僕は一つだけ、長谷部くんに黙っていたことがある」
「何だ」
「君が女の子だったら間違いなく僕の運命の相手だったのに、と前に言ったよね」
「言ったな。悪いが性転換のリクエストには応えてやれないぞ」
「要らないよ。だって本当は、男も女も関係無く、僕にとっての運命が君であってほしかったんだから」

 光忠の指がうなじをまさぐる。くすぐったさを覚えるだけならまだ良かった。皮膚を揉み、髪を梳く男の手管に、俺はひどく興奮している。性的なことには淡泊な方だと自認していたのに、今や膨らんだ前が衣服を窮屈に押し上げていた。

 ばれないよう密かに腰を引く。俺の試みは急に絡んできた長い足によって無に帰した。再び狭まった距離は、互いの心音すら伝わりそうなほど近い。お陰ではしたなく育った下腹部の熱が光忠の腹を掠めた。

「長谷部くん、勃ってる……?」
 今度こそ終わった。自分でも光忠への独占欲を上手く消化できていないのに、肉欲だけが先走っている。最低だ。俺は二度と光忠の友人を名乗ることは許されない。

「さすがに気色悪いだろ、わかったら離れろ」
「気色悪くないし、離れないよ」
 大きな掌がスウェットの生地ごと兆した雄を揉み込む。こんな際どい場所を他人に許した試しはない。ろくに自慰もしないくせに、俺の五感は光忠から与えられる官能を余さず拾い上げた。

「ぁ、やッみつただ、さわるな、ぅぐ……!」
「どうして? 気持ちよくない?」

 気持ちいい。もっと触ってほしい。
 蕩けつつある思考は男の愛撫を肯定する。辛うじて口にするのは避けているが、この最後の砦が陥落するのも時間の問題だった。

「長谷部くん」
 十六年間も傍に居て、一度も聞いたことのない声音が傍らで響く。親友の耳を舐る光忠は、俺の知らない顔をしていた。

「ハぁッ、この、いいかげんに……ンひやぁっ!」
「あは、可愛いなあ……長谷部くん、かわいい」
「うう、ばか。みみ、やめろよぉ……」
「わかった。耳はやめるね」
 名残惜しげに耳たぶを一度吸い、やっと不埒な舌が離れる。入れ替わりに光忠は俺の額や頬に口づけ始めた。この間も当然のように手淫は続いたままで、嬲られた性器はすっかり硬くなっている。

「長谷部くん、キスしたい」
「ッ、だめ、だ」
「嫌?」
「いやとかそういう問題じゃない……くッ、おれたちは友達であって、こんなことする関係じゃ、ないだろ!」
「僕は長谷部くんのことが好きだよ」
「友達としてだろ」
「それもある。でも、それだけじゃあない。友達や家族なんて枠組みは所詮後付けだ。僕はきっと初めて会ったときから長谷部国重という人が好きだったんだ。誰よりも大事にしたい、誰よりも近くにいたい。許されるなら君の全てが欲しい。これが友人に向けるべき感情でないことくらい判るだろう」

 光忠は俺と違って嘘が上手い。本心では腸が煮えくり返っていても、笑顔を装い穏便に事を収められる度量の持ち主だ。こと騙し合いになると光忠に敵う気はしない。それでも俺はこの告白を疑わなかった。

 光忠は優しい嘘しか吐かない。だから、こんな自分勝手で都合の良い主張をするのは、我の強い親友の本音に他ならなかった。

「ずっと好きだったと言う割に、女の誘いにはホイホイ乗るんだな」
「う……それは、僕も今の今までちょっと重めの友情と認識していたわけだからして……すみません」
「本当は今もヤりたいだけじゃないだろうな」
「それだけは絶対有り得ない。だって長谷部くんだよ? 一生添い遂げる覚悟をして然るべきじゃないか」
「言ったな、後悔するなよ」
「しないよ」
「……なら、いい」

 力を抜き、目の前の肩口にこうべを預ける。己よりも厚みのある身体に抱かれるというのも、案外悪くはなかった。

「欲しいと言うなら全部やる」
 許しを与え、さも優位に立ったように振る舞うが結局は茶番だ。どちらが食う側で、食われる側なのか。顎を持ち上げる指と見下ろす琥珀色が、当人の口より雄弁に物語っていた。

□□□

< em> ベッドの上で縺れ合い、互いの唇を食む。ファーストキスから数分、初心者の俺はされるがまま、光忠の下で喘いでいた。
 舌を吸われ、口蓋を舐められ、二人の味が混ざる唾液を飲み干す。先程のように、直接性器を刺激されているわけでもないのに、頭が真っ白になるほど気持ちが良い。

「ン、みつたらぁ、もっと」
「ふ……いいよ、もっとしてあげる」
 要望に応え、割り入ってきた舌がさらに大胆に動く。音を立てて咥内を貪る一方、光忠の手がさりげなく俺の服をたくし上げていた。

「綺麗だよ、長谷部くん」
「何の変哲もない男の身体だが」
「舐めたくなる鎖骨の凹凸と、可愛がりたくなる薄紅色の乳首と、程よくついた愛で甲斐のある筋肉。良いね、とても良い」
「ガチっぽい評論はやめろ」
「僕は長谷部くんガチ勢だよ」
 いつもの軽口と思って適当に受け流す。これが戯れでも何でもなく、本気で言っていたと気付いたのは、鎖骨を甘噛みされた後だった。

「ッ、べつに、そこは触らなくても」
「気持ちよくない?」
「……よく、わからん」
 指の腹に押され、乳頭がぐにぐにと形を変える。確かに光忠が触れた場所はどこもかしこも火照って、より強い刺激を求めるようになった。ただどうしても先入観が行為への没頭を妨げる。男のくせに胸で感じるなんて、と恥じる心がなおも理性にブレーキを掛けていた。

「まあ、追々覚えていこうね」
 執拗に指で弄ばれた場所を咥えられる。唇のあわいに消えた突起に電流が走った。四肢の末端まで痺れは伝わり、両脚までもが跳ねる。

「ひ、ッ! そんな、つよくすうなッ……」
 俺の懇願は届かず、光忠は手と口を駆使して丹念に胸を蹂躙した。快楽なのかどうかも判らない、ただもっと引っ張られ、潰され、舐められたいと思った。少し乱暴にされた後に舌が付け根を優しくなぞると、その落差で腰の辺りがずくりと重くなる。

「ふふ。上もコリコリになったね、えらいえらい」
「ふ、はぁッ……吸うなっていったのに、おまえは」
「噛んだ方が良かった?」
 凝り固まった赤い芯が白い歯に挟まれるのを想像する。手加減されるだろうが、ついさっき鎖骨にされたぐらいの強さならありだろう。いやもっと酷くされても或いは。

「そんなことない」
「なるほど、長谷部くんは痛くされるのが好き。覚えておくね」
「ちがう」
 内腿を擦り合わせ、空想で得た悶絶から逃れる。きっと光忠には俺の張った虚勢などお見通しだろう。手荒くされると考えただけで、俺の中心は容易に欲を灯した。
「長谷部くんは本当に嘘が下手だなあ」
「ヒッ、あぁああッ! いた、いたい、あッあああ……なめるな、さき、じんじんして、んンーッ!」
 痛覚と快楽が立て続けに押し寄せる。髪を乱し、口の端から涎を垂らして、胸の先端に与えられる刺激をひたすら享受した。

 いたい。あつい。たりない。もっとつよく。すって、かんで、おかして、めちゃくちゃにしてほしい。

 歯先が乳首を捉えた瞬間、男としての矜恃を気にする余裕は失せた。暴れる足が幾度も敷布を蹴る。もう限界だった。男の背に縋るのを止め、自らの恥部へと右手を這わせる。服の下は、差し込んだだけでも判るほど湿っていた。

「ア、ぁあ……ンッふぅ、はあ、ぁあ……!」
 掴んだ竿を一心不乱に扱く。ベッドに横たわる前から反応していただけあり、掌はすぐに先走りで濡れるようになった。

「うわ、長谷部くんえっろ……」
 すぐ傍で自分のものじゃない喉が鳴った。身を起こした光忠が、俺の痴態をまじまじと観察している。
 見られている。はしたなく自慰に耽る姿を、あの光忠に見られている。
 途端に尋常でない興奮が爪先から迫り上がってくる。たまらず指先が裏筋を掻き、自らに止めを刺す切っ掛けを作った。

「ひ、あああああッ……!」
 燻っていた欲望が弾ける。勢いよく放出された精液は俺の手と下着を盛大に汚した。
「はぁ、あ――」
 射精後の虚脱感に抗えず、手足をぐったりと投げ出す。次第に麻痺していた頭も回復し、最中の己の言動を振り返って死にそうになった。

「可愛かったよ、長谷部くん」
「俺は自己嫌悪で爆ぜそうだ」
「爆ぜたのはザーメンだけどね。綺麗にするから少し腰上げてくれるかい?」
促されるまま腰を浮かす。スウェットごと下げられた肌着を見れば、俺との間に白く粘ついた糸を張っていた。
「あは、いっぱい出たね」
「感想は要らんから拭くならさっさとやってくれ」
「せっかちだなあ。じゃあ期待に応えるためにも、しっかり掃除させてもらうよ」
 言い方に妙な含みを感じる。違和感に気付いたときには既に遅かった。豊かな黒髪が下腹に触れるや否や、俺の口から再び甲高い声が漏れる。

「ッ!? や、みつ、なにしてッ……」
「何って掃除。大丈夫、隅から隅まで全部面倒みてあげるから」
「やめ、きたないだろぉ……!」
 制止の声などまるっきり無視し、光忠は白濁に塗れた陰茎を迷わず口に含んだ。
 息が当たる。舌が筋をなぞる。先端ごと残滓を吸い上げられる。一度吐き出したはずの性器は、光忠の体温を知って再び活力を取り戻した。

「ん、また元気になってきたね。えらいえらい」
「ぅ、ううぅ……」
 形の良い唇から腫れ上がった肉棒が時折まろび出る。あの光忠が男の股間に顔を埋め、嬉々として同性の逸物を咥えているなど誰が信じるだろう。口淫による刺激と美しい幼馴染みを穢している背徳感とが綯い交ぜになる。

「ンぁ、はぁっ、みつたら、おれ、またッ……」
「イっちゃいそう? でも、まだだぁめ」
「ひ、ぎッ……!」
 ふと根元を強く握られる。あと一歩で上り詰めるはずだった快楽が行き場を失い、腹の底で猛然と荒れ狂った。出したいのに出せない。いい加減おかしくなりそうだ。
 自らを戒める手に震える指先を添える。溜まった唾を呑み込む余裕もなく、顔中をべとべとに濡らして、男に訴えかけた。

「おねが、も……だしたいから、みつただぁ……」
 呂律すら回らない舌で遂情を請う。光忠の雄々しい眉が僅かにつり上がり、また戻った。
「……いいよ、じゃあ一緒に気持ちよくなろうか」
 承諾と同時に手の拘束が緩む。反動で間抜けに揺れる肉棹の向こうでは、光忠が自らの下衣を寛げていた。

「ふぇッ」
 勃起した自身に生々しい温もりが寄り添う。脚の狭間から顔を見せた雄は、記憶よりも遙かに赤黒く、長大だった。俺のものと比べてみても優に一回りは太く逞しい。裸で水遊びしていた幼き頃とは訳が違う。無邪気な思い出が瞬く間に性の匂いで掻き消された。

「はは、長谷部くんえっちな目してる」
「ど、度肝を抜かれただけだ。なんだその凶暴な代物は、銃刀法違反だぞ」
「そもそも僕ら未成年だし、淫行の時点でアウトだよ」
「親が留守の間に犯罪に走るとはイケナイ息子だな」
「そうだね、君も立派な共犯者だ」
 一笑した光忠が俺の足を抱え、前に倒した。ぴたりと閉ざされた腿の付け根で、俺と光忠の熱が折り重なる。

「だから、二人でイケナイことしよう」

 欲を孕んだ声が降ってくる。覆い被さる男の琥珀が、一瞬金色に光ったように見えた。幻というにはあまりに眩しく、鮮やかな残像が薄暗い欲を煽る。身体の内も外も、全てこの男に寄越してやりたいと思った。

 光忠が腰を動かし、やや落ち着いていた波がまた押し寄せてきた。ただ性器を擦り合わせているだけなのに、腰の奥がじんと甘く痺れる。
「ぁ、あつ、みつただの、あつぃ……」
 光忠が抜き差しするたびに粘ついた音が立つ。体液に塗れた俺の滑りを拾い、次第に往復する剛直までもが脚を濡らすようになっていった。

「ねぇッ……はせべくんッ」
「は、ァ、なに、なんだ……!」
「もし、僕のが君の中に、入ったらッ……先っぽ、ここまで来ちゃうのかなッ……」
 熱に浮かされた頭で光忠の言葉を一つ一つ、ゆっくりと咀嚼していく。光忠のが俺の中に入る。空想上の筆を緩慢に動かし、朧気に描いてみた絵面は、叫びだしてもおかしくない威力を持っていた。

「えッ、えっおまえ、入るってつまりそれは」
「まあ、お察しの通りだよ」
 膝裏を抱えていた手の一方が外れ、陰嚢よりもさらに奥の窄まりを撫でる。入り口として使われた経験の無い場所は、異物の侵入を頑なに拒んでいた。

「ぁ、ヒッ……ぅ」
「どう? 気持ち悪い?」
「きもちわるい、というか、変なかんじがする……」
「もう少し触ってみても大丈夫そう?」
「う、……すこし、なら」

 恐る恐る頷いて、指が中へ潜ろうとする衝撃に備える。怖じ気づく俺を案じてか、光忠は無理に押し入ったりはせず縁をなぞるように潤いを足した。やがて先端が沈み、その一部は内側へと呑み込まれていく。思ったより痛みは無い。

「ふ、ぅ……結構、いけるもんだな」
「そうだね、偉いよ長谷部くん」
「これなら割と早くにお前のも、いや無理だな」
「秒で諦めるのは良くないよ。長谷部くんなら大丈夫、ね、頑張ろう?」
「何を根拠に大丈夫だと、ぁッこら、急に動かすなッ」

 臓腑を直接触れられ、言い得も知れぬ感覚に陥る。肌が粟立ち、異物感に肩が強ばった。まだ浅い部分で軽く動かされただけなのに、背には脂汗が滲んでいる。こんな調子では光忠を受け入れるなど夢もまた夢だろう。

「きつそう、だね」
「すまない……俺はお前ほどの男を受け入れてやれる器じゃなかった……」
「だから秒で判断しないでくれ。そうだなあ、もう少し滑りを良くした方がいいかも」
そう言うと光忠は指を抜き、大きな掌で自分と俺の昂ぶりをひとまとめに掴んだ。
「ぇ、あッあッああッ!」
 突然前への刺激を再開され、あられもない声を上げてしまう。光忠の方も耳に届いた息遣いは荒い。
「く、ァ、はせべくん、かわい、すき、すきだよ……」
 いつになく切羽詰まった様子で名を呼ばれる。眉根を寄せ、必死に腰を振る光忠がひどく愛おしく見えた。
「あ、みつた、ィッ~!」
 半端に高められ続けた半身から飛沫が迸った。幾度もお預けを食らったせいか、二度目にしては勢いが良く、腹から顎先にかけて精の匂いが広がる。次いで、光忠も低く唸った後に自分の掌へ欲を吐き出した。

 弛緩した四肢をだらしなく投げ出す。こんな短期間に連続して射精したのは初めてだった。もう指一本だって動かせそうにない。
 こちらの疲弊を余所に、光忠は上体を起こして行為の名残を掬い上げていた。回数の差があるとはいえ、元気なものだ。体力おばけめ。

「長谷部くん」
「なに、ンッ!?」
 萎えた手足がびくりと跳ねる。俄に訪れた違和感の正体を追えば、あろうことか光忠が再び俺の尻に指を突き立てていた。

「くッ、おま、まだ諦めてなかったのか」
「まあね。ほら、さっきより大分滑りが良くなったから、すんなり指が入るよ」
 確かに、二人分の精液を纏った指は、抵抗なく俺の中へと埋め込まれていった。腸壁を広げられても、潤滑油のお陰か、引き攣るような感覚はしない。

「どうしても嫌なら今日は止めるけど」
「いずれ俺の純潔が散らされることは確定なんだな」
「そこは諦めてくれていいよ」
「ふん、どうせ失う処女なら今日だろうが明日だろうが関係ない。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「わあ男前だなあ。ありがとう、長谷部くん」
「どうせ後で散々脚を広げさせられて、腹の中をグチャグチャにされてヒンヒン喘ぐんだ。せめて今ぐらいは男らしくしておかないとな」
「でも君、そういう風にされるの好きだろう?」
 口を噤む。沈黙は金だと昔の人も言っている。決して否定できないからではない。

「は、ぁあ……みつたらァ、やら、そここするのだめぇ……!」
「ん、ここが気持ちいいんだ? いいよ、いっぱいしてあげる」
 三本の指が把握したばかりの弱点を責め立てる。過敏になった粘膜が指の形に沿い、収縮を繰り返した。
 光忠に担がれた脚が虚空を掻く。内側からもたらされる痺れは男としての自負や矜恃を瞬く間に引っ剥がした。光忠の指の付け根が俺の尻を叩く。急激に増した圧迫感に堪えかね、瞼の裏で火花が散った。

「やッ! ああぁあッ、みつただ、もッむり、はやく、ンぁ、いれて、くれ……!」
 手を伸ばし、既に勃ち上がっている屹立を握る。掌中に収めきれなかった熱は硬く、どくどくと脈打っていた。
 これが俺の中に押し入り、今も疼く襞を乱暴に掻き回してくれる。喉を鳴らし、俺は光忠の出方を待った。

「ッ、いいよ。期待には、応えないとね」
「あ……」
 指を一気に抜かれ、後膣が喪失感に身悶えた。代わりにより硬く、大きな塊が入り口を塞ぐ。
「ぅ、あ。あぁぁああッ……!」
 右脚を光忠の肩に預けたまま、奥まで穿たれる。丸い亀頭が狭い腸内を容赦なく割り開いた。腹の中が光忠で満たされる。はっ、はっ、と荒い呼吸を繰り返し、汗で濡れた背を敷布に擦りつけた。
「っ……き、っつ」
 光忠も苦しいのか、漏れる息が重い。忙しない心音と内に埋めた男の脈動が重なる。繋がっている場所に手を伸ばせば、豊かな下生えが指先に絡んだ。

「ほんとうに、はいってる……」
「ああ……長谷部くんのお腹のこの辺まで、僕のでいっぱいになったね」
「ひゃぐ、ぅッ」
 腹側の肉壁を嬲られ、間の抜けた声があがる。へその下ぐらいを指さされ、その深さに戦慄した。
 指では到底届かない奥の奥まで光忠に犯されている。切っ先が天井を擦り、その存在を誇示するたびに被虐的な思考が首をもたげる。

「ふか、い。ぁ、ああッ、だめ、おくだめぇ」
「奥はだめ? じゃあ、もっと浅いところがいいかな」
「あっ、あああ……や、ぁああ……!」
 張り詰めた熱棒がゆっくり外へ這い出ていく。抜ける寸前になって光忠が腰を突き出し、また陰茎の半ばほどが埋まった。それ以上は進まず、剛直が浅い箇所を執拗に行き来する。巨根を短い間隔で繰り返しねじ込まれ、後口は異物を拒む理由をすっかり忘れてしまった。

「ンぁ、は、゛アぁ!?」
 ふと雁首が例のしこりを掠めた。締め付けた雄の形をありありと意識する。俺の意志とは関係なく、腸壁が激しく蠢いて、中にいる光忠を咀嚼した。
「ぐ、ッ……! はせべく、まっ……」
 俺よりも余裕があったはずの光忠が低く唸る。眉根を寄せ、背を屈した男の中心が硬直し、俄に弾けた。
 迸る精が蜜壺を濡らす。俺の胸をしきりに撫でる息は荒い。境界からじわ、と男の出したものが滲んだ。

「……かっこわるい」
 若干の間を置いて、上からひどく沈んだ声音が降ってくる。馴染みの黒い双葉もどことなく萎れて見えた。
「俺も先に二回出したし、これでやっとあいこだろ」
「いつから勝負になったんだ……うわあ嬉しそうな顔」
「そりゃ嬉しいとも。俺の身体がそれだけ良かったってことだろう?」
「最高すぎてご覧の有様だよ」
「拗ねるな拗ねるな。百戦錬磨の幼馴染みに一矢報いることができて俺は大満足だ」
「これぐらいで満足されたら困るんだけどな」
「ほう、もっと満足させてくれるのか?」
「当然だよ。やられっぱなし、なんてのは性に合わないからねえ」
 しなだれていた濡れ羽色が踊る。面を上げた光忠は、道場で相対しているときと同じ眼をしていた。
「やッ、ああぁあああ!?」
 白濁で滑りを増した媚肉がこそがれる。暫し蹂躙から遠のいていた奥は悦楽に泣き叫んだ。腰を合わせたまま突き当たりをノックされ、足裏がシーツを掻くのを止められない。

「みッ……やぁ! すご、ぁ、゛ああ、あッ! そんな、だした、ばっかのくせにぃ……!」
「はは、長谷部くんのナカ気持ちいいからさ、ふッ……こうやってすぐ、君の奥まで可愛がってあげられるよ」
 あれほど頑なだった隘路はとうに屈服している。ことさらに湿った音を立てては男を誘い、軽く押し込まれるだけで先を許す。秒ごとに後戻りできない身体にされていくのを本能的に察していた。
「アッアぁ! きて、はら、じんじんしてッ……なんか、きてる……!」
 淫らな口が雄を食むたびに、指で仕込まれた場所への摩擦が強まる。腹の底から快感が波濤のごとく押し寄せ、俺は訳もわからず光忠に縋った。

「長谷部くん気持ちいいんだ?」
 抱き寄せられ、耳に何事かを囁かれる。馬鹿になった頭はろくに働かず、男の問いかけをそのまま真実と見做した。

「うん、きもちいぃ……! みつただに、なかぐちゃぐちゃにされるのきもちいぃよお……!」
「……そう、ならもっとたくさん、お腹の中掻き回してあげるよ」
 シーツに皺を刻むだけだった足までもが光忠に捕らわれる。両膝の裏に手を入れられ、腰が浮いた。不安定な体勢に怯える間もなく、上から光忠に突き入れられる。

「ッ~~~~~~!」
 激しかった律動がさらに速まる。大柄な光忠の体重を受ける形となり、結合はより一層深まった。全身から汗を噴き出し、込み上げる衝動に備える。晒された陰部の手前で、ぱんぱんに腫れた性器が揺れていた。
 知らず自涜を求めていた右手は絡め取られ、代わりに俺の意志を汲んだ光忠が棹を掴む。既に限界が近かったようで、数度擦られただけで肉茎は先端を白く濡らした。

「みつ、ぁあああああッ~~~~!」
 背を反らし、吠えるようにして絶頂を迎える。腰から先を抱えられているせいで、俺は自らの精液で腹や顔を汚す羽目になった。

「っふ、すっご……危うく持ってかれるところだった」
 腰を揺らされ、達したばかりの身体がまた快感を拾う。余韻で曇る視界の中、肩で息をする光忠を垣間見た。
「……次こそみちづれだ、かくごしろ」
「さてね、また僕の勝ち越しになるかもよ」
「ぬかせ。さっきみたいに吠え面かかせてやる」
 息を整えつつ、怒張に熟れ始めた肉を纏わりつかせる。やられっぱなしが性に合わないのは、こちらも同じだ。
 互いにくつくつと笑い、褥の上でじゃれ合った。戯れるように唇を啄み、束の間の休息を楽しむ。数分後にはどちらともなく舌が伸び、淫猥な攻防戦が再開された。