ね「これより第三回燭台切裁判を始める」
刑「ええ……?」
現役刑事の長船光忠は気がついたら被告人席に立たされていた。
比喩でも何でもなく、一課の扉を開けたらそこは法廷だった。おそらく白昼夢か何かだろう。何しろ木槌を叩いている裁判長が愛しの恋人に瓜二つだ。
ね「検事、弁護人ともに準備は宜しいですか」
①「勿論だよ、ねんくんいや裁判長」
②「この席に立った時点で覚悟は完了しているさ」
返事をした二人もこれまた光忠とまるっきり同じ顔立ちをしていた。世界には自分のそっくりさんが三人いると聞くが、それらが一堂に会する確率はいかほどだろう。
ね「では検察側、冒頭陳述をお願いいたします」
①「オーケー。まず被告人は長船光忠(28)、職業は警視庁捜査一課所属の刑事だね。三つ下の恋人がいて、現在自宅のマンションで同棲中。馴れ初めは恋人が殺人事件に巻き込まれ、彼を守るうちに絆が芽生えて……というサスペンスの王道ストーリーだよ」
②「王道はいいね。出会った切っ掛けは血生臭いけど、その分二人の結びつきはより強固なものになるだろう」
①「問題はそこだよ! 言葉にすれば手に汗握る美しい二時間ドラマになるのに、彼はなんと出会って一日目にして恋人を手込めにしている! 早いよ! というか職務中だろ自重しろよ!」
②「異議あり! 彼の恋人の証言によれば、強引だったけど嫌じゃなかった、とのこと! 無理矢理手込めにしたのではなく同意の上での行為だったと思われる!」
①「異議あり! 正式に付き合ったのは事件が解決して数週間も後のこと! そもそも長谷部くんという生き物は燭台切光忠の顔面に弱い! 真剣な顔をして「すきだよ」と囁けば、なし崩しに行為に至れる可能性は十二分にある! 被告人は同僚から散々言い寄られている、自分の魅力を理解していないはずがない!」
②「そこまで攻略法を把握してるくせに何で自分では実践しなかったんだい」
①「いや僕は絶対煙たがられてると思って……」
②「裁判長、判決をどうぞ」
ね「長谷部族の「嫌じゃなかった」とは事実上の「すごくよかった」に当たります。よって被告人は無罪。主は強引さを発揮する場面をお間違えかと」
①「ねんくん冷たい!」
②「あ、刑事の光忠くんはお疲れ様。出入り口でトマトジュース配ってるから、帰りに貰っていって」
刑「はぁ」
ね「では次の被告人、自己紹介を」
🐬「長船光忠(26)、水族館に勤務してます。ところでこれは一体どういう状況でしょうか」
②「ごめんね。うちの先輩は長谷部くんと仲睦まじくしてる燭台切族を見ると発狂する病に罹ってるんだ」
🐬「訊いておいてなんだけど、一から十まで何を言っているか解らないや」
①「さあ、さくさく冒頭陳述いくよ。ふんふん、職場の近くで絵を描いている長谷部くんを見かけて、その腕に惚れ込んだのが出会いかあ……なに……? 長谷部くんから告白されて二ヶ月つかず離れずの関係を保った……? 自分からお泊まりを提案し、ドライヤーで髪を乾かす世話までしといて……?」
②「余罪としては、長谷部くんが自ら破った絵を丁寧に補修するのを日課にする、親と仲違いした際の駆け落ちを提案する、などがあるね」
🐬「僕の有罪が確定している体で話を進めてない?」
①「いや有罪一択だろう。先にご飯に誘ったのも、彼シャツ敢行も、不動くん相手の嫉妬も弁護のしようがないよ」
🐬「友達相手にだってご飯に誘うし、服がなければ自分のを貸すしかないよね!? 不動くん相手のそれはストーカー疑惑があったからそっちの心配だよ!?」
①「一目惚れじゃない? とからかった件については」
🐬「餅を焼きましたが何か」
②「開き直った!」
①「これは決定的! 裁判長、判決を!」
ね「不動の悩みと長谷部の夢について真剣に向き合い、卒業まで接吻より先の行為をしなかった件を考慮し、被告人を無罪とします」
①「確かにそんな理性は僕にない」
②「長谷部くん、光忠族になんか甘くない?」
ね「餅を焼いたか?」
②「焼かせたかったんだろう?」
ね「ふふ、察しの良いやつ」
①「あーハイハイ判決出たから次行こうね! じゃあ🐬の光忠くんお疲れ様! 売店でイルカのクッキー売ってるから長谷部くんと一緒にどうぞぉ!」
🐬「扱いが最後まで理不尽」
呪「本丸間交流の相談って話だったのに、なあにこれ」
②「いらっしゃい、ドスケベな呪いにかかった長谷部くんの本丸の僕」
呪「誰向けか判らない僕の紹介より状況を説明してほしい」
①「見ての通り裁判だよ。これから君を弾劾する」
呪「ええ……世間に顔向けできないような後ろめたい真似はしてないつもりだけど」
②「罪状その一。長谷部くんの告白に気付かず、一番の戦友と評したことで彼の精神に多大な負担をかけた」
①「罪状その二。告白はおろか夜這いまでした相手に「僕のこと好きなのかい」と尋ねる脅威の鈍感ぶり」
②「罪状その三。散々身体に自分の跡を残し、言葉責めを愉しみ、躊躇いなく口淫までしておきながら、指摘されるまで相手への好意に気付かなかった」
①「これらを罪と言わずして何と言う!」
呪「弁護士と検事が結託して被告人を責めるとか逆●裁判の世界でしか見ない光景だと思ってたよ」
②「判決をどうぞ裁判長」
ね「これについては被害者の長谷部からも意見を貰っている。判決は有罪だ」
呪「僕の長谷部くん容赦ない」
ね「懲役73118年だ。せいぜい贖罪に励むといい。なお被害者の長谷部も別の裁判で罪を問われている。結果は74119年。好きな男を己の都合で振り回した罪だ」
呪「えっ」
ね「燭台切の言葉を信じ、もたらされる好意を受け入れ、相手の隣に立つに相応しい刀としてこれからも精進し続けること。長谷部に課された懲役の内容はこんなものだ。そしてお前に求められる刑罰だが、今後も長谷部のみを愛し、病めるときも健やかなるときも共にあること、の二点だ。いかに長い刀の生でも、物である以上は朽ちるときもあるだろう。生まれ変わった後も懲役は続くことを忘れるな」
呪「……望むところさ。僕が持てる時間の全てで彼のみを愛し続けるよ」
①「なんか格好良くまとめられたんだけど」
②「最後は検察側の勝利だったじゃないか。ご不満かい?」
①「大いに不満だよ! 長谷部くんに好かれてる自覚が足りない新刃くんをいび……活入れる気満々だったのに! 自己完結されたらこっちの立場がないじゃないか!」
②「好かれてる自覚がない燭台切族代表に言われちゃあね」
①「は? 僕と長谷部くんは手の施しようがないくらいラブラブですけど? 疑う余地もないんですけど?」
②「良いこと教えてあげようか。被告人の入廷を担当してた黒子、あれ君の長谷部くんだよ」
①「………………えっ」
長「煙たがってない」
①「いや長谷部くん、それは」
長「そりゃあ初めて口を吸われたときは抵抗したが、あれは二振り目の安否を慮ってのことであって、嫌じゃなかった」
①「え、あ、はい」
長「長谷部族の嫌じゃなかった、はどういう意味だった」
①「……え? いや舌噛んで逃げておいて、すごくよかったはないだろう」
長「急に冷静になるな!!!!!!」
①「鳩尾!!!!!!」
②「今のは整合性より雰囲気を優先する場面だったよ」
①「手遅れな助言ありがとう……」
ね「主、今こそ例のテクニックが活かされるときです。耳元で甘く囁けばへし切の一振りや二振り軽く落とせます」
①「ええ、いくら何でもそれは」
長「そうだ。やる前から種の割れてる手品で驚く馬鹿がどこにいる」
②「逆にフリだねこれ」
ね「即落ち二コマの予備運動として完璧だな」
①「ふたりとも長谷部くんをクソ雑魚認定しすぎじゃない?」
長「全くだ、俺はそんなチョロくない」
①「だろうね。長谷部くんもお疲れ様、今日は変な仕事任せてごめんね」
長「……ああ」
①「じゃあさっさと片付けてお茶にでもしよう。今日は長谷部くんの好きな芋羊羹を作って」
長「……」
①「長谷部くん?」
長「いや囁けよ! 秒で!! 落ちるから!!!! なし崩しにして事に至れよ!!!!」
①「顎!!!!!!」
②「裁判長、判決をどうぞ」
ね「今回の敗因はへし切の発言を鵜呑みにしたことだな。外野も煽ってはみたが、主のフラグを折るに至らなかった。要反省だ」
②「ところでオチは」
ね「主の意識が落ちたぞ」
②「こいつは一本取られたね」
オチが薄味だったため本丸は爆発しました。