同僚にオナホを作らされる鶴丸 vs 燭へし - 2/2

 

「あんた、こんなところに居たのか」

 大倶利伽羅が畑当番の片割れ、鶯丸を見つけたのは鶴丸と別れて一時間ほど後のことであった。少し前まで縁側で茶を啜っていたはずの刀は、何の気まぐれか今は一期一振の部屋に腰を落ち着けている。

「見つかってしまったか。やれやれ、まあ茶も十分飲んだし食後の運動をするのも悪くはないな」
「そう言って別の菓子に手を付けようとするな」
 苛立ちを隠せない大倶利伽羅の前に新しく湯呑みが置かれる。面食らう一匹竜王とは対照的に、客人を歓迎する一期一振の表情は春の日溜まりのように柔らかい。手を付けようか迷ってる大倶利伽羅に、席へ着くよう促したのはまさかの鶯丸だった。
「休憩した分くらいは働いてみよう。茶は温くなる前に飲んだ方が良い」
 ちゃっかり菓子盆からお八つを拝領した鶯丸が縁側から出る。その足は真っ直ぐ畑に向かっており、働くという言葉に偽りは無いように思われた。

「そういうわけですので、どうぞ楽にして下さい大倶利伽羅殿」
 再度の誘いを受けて、渋々大倶利伽羅は腰を下ろした。
 なし崩しで同席したものの、大倶利伽羅は一期一振とさほど面識が有るわけではない。繋がりと言えば五虎退がしばしば話題にする程度で、後は遠征や出陣が被りはしても、このように一対一の構図で話し合う機会など一度たりとも得たことは無かった。
 粟田口の長兄は何を以て自分を茶に誘ったのだろう。いずれにせよ、馴れ合うつもりも職務を放棄するつもりもない。一杯付き合ったら礼を言ってさっさと出て行こう、それぐらいの気持ちで大倶利伽羅は湯呑みに手を掛けた。

「おや、茶請けが無くなってしまいましたな。鶯丸殿ももう少し手加減して下されば宜しいのに」
 大倶利伽羅の目線が自然と卓上の筒型に向かう。先ほどからいやに存在を主張してくるそれは、ぱっと見ではゼリーとも寒天とも判断がつかない。外見だけなら中央に穴の空いているシフォンケーキが一番近いが、乳白色の表面は微妙に透けていた。とりあえず食品であることには違いないだろう。一期一振が何故これを無視して茶請けを探しているのか、大倶利伽羅には全く理解ができなかった。

「そいつは菓子じゃないのか」
「こ、これですか。いやこれは、まあ菓子と言えば菓子ですな。ええ、黒蜜やきなこを掛けて召し上がればたいへん美味であることでしょう」
「そうか。まあ無理して茶請けを用意することもない。これを飲んだら俺も畑に戻る」
「ああー! 待って下さい、わかりました出します! 黒蜜ときなこをすぐに用意いたしますので大倶利伽羅殿はそこで暫しお待ちを!」

 客人の返事を待たず一期一振は部屋を飛び出ていった。そして一分も経たないうちに黒蜜ときなこを携え戻ってきた。このように機敏な一期一振など、ついぞ戦場でも見た試しは無い。息を切らせる同僚に大倶利伽羅が不審なものを覚えるのも無理ないだろう。

「用向きは何だ」
「ばっさり切り込んできますな。せめて菓子と茶を一口ずつでも味わってからでも遅くはありますまい」
「あんたには悪いが、馴れ合うつもりは無い」
 明確に拒絶の意志を見せたにも関わらず、一期一振は大倶利伽羅の返しに微笑した。弧を描いた唇の形は困惑ではなく親愛の現れである。

「私の厚意に報いることができないのを申し訳なく思って頂いたのですね。ありがとうございます」
「単なる社交辞令に何を」
「本当に無愛想で礼儀もなっていない輩は、私の誘いなんて一蹴しますし、悪いと言って謝ったりもいたしませんよ」
 言いながら一期一振は菓子を切り分け、黒蜜ときなこを適当に塗した。
 促されるままに口に含めば、程よく冷えた餅にきなこの控えめな甘さが咥内に広がる。続けて黒蜜の方も食してみるが、これもきなことは別に上品深い風味が舌を楽しませた。知己の料理に慣れている大倶利伽羅も納得の味わいである。

「私が大倶利伽羅殿を引き留めたのは、弟たちが普段お世話になっているお礼がしたかったのともう一つ。鶴丸殿のことです」
「あれが、どうかしたのか」
「いえ大したことではありません。大倶利伽羅殿も重々承知のことでしょうから、私からは手短に。鶴丸殿とはいつも互いに身内の話ばかりしておりますが、貴方のことは特に気に掛けておられるようですよ」
「は」
「理由は自分でもお解りでしょう。そういうわけですから、翁が無体を強いるのも大目に見てやって下さい。あれで彼なりに息子、というよりは孫が可愛いのですよ」

 持ち場に戻った大倶利伽羅は鶯丸の宣告が妄言でなかったことに安堵した。既に竹箕の中は収穫した野菜でいっぱいになっている。収穫の一部は箱に詰めて厨房に持っていく決まりだった。珍しく鶯丸が作業に集中している。気を散らないように大倶利伽羅は進んで運搬役を請け負った。

「まずい」

 大倶利伽羅の背後で苦々しい声が上がる。折しも長谷部ができあがったばかりの菓子の味を見ているところだった。その可否は歪められた柳眉が何よりも物語っている。
 段ボールを運びこむ過程で、見るとはなしに見てしまったそれは、大倶利伽羅にとっても見覚えの有る菓子だった。忘れるはずもない。何しろつい先刻まで一期一振の部屋で馳走になっていた品である。

「何を作ってるんだ」
「俺にもよく解らん。片栗粉を水で溶いて固めるだけの菓子らしいが、それじゃあ味気ないだろうと砂糖その他諸々を大量に投入した結果やばいものができた」
 初心者にありがちな失敗だった。そもそもレシピも無しに名称も解らないような菓子を作って成功すると思う方がおかしい。

「鶴丸は初心者でも簡単に作れると言ってたんだが」
「あいつも作ってたのか」
「ああ。昼過ぎくらいに、燭台切がいないから仕方なく自分で作ると」
「二人分をか」
「いや? 容器は一つしか使っていなかったぞ」

 腑に落ちない。長谷部の口ぶりでは、鶴丸が自分で食べたいから厨に立ったように思える。しかし、実際の完成品は一期一振の部屋に置かれていた。彼は茶請けとしてあれを出すのを渋っていたが、もしかすると後に鶴丸が来て一緒に食べる予定だったのだろうか。だとすれば、自分を歓待するために一期一振は友人との約束を違えたことになる。大倶利伽羅は後ろめたさから途端に胸が締めつけられるのを感じた。
 済んでしまったものは仕方がない。大事なのは、今、これからどうすべきか考えることである。

「作り直すなら手伝ってやってもいい」
「なに」
「俺もこの菓子を作る必要ができた。そのついでに、あんたの料理も見てやるぐらいのことなら、できる」
「それは……助かるな。頼めるなら、是非ご指導ご鞭撻の程をお願いしたい」
「見るだけだ。作業はあんたがやってくれ」

 長谷部は不器用ではあったが生徒としては優秀だった。大倶利伽羅の指示には必ず従ったし、目分量は避けて余計なアレンジも加えなかった。複雑な工程を要求する料理でないことも幸いしただろう。三十分も経たないうちに調理は最終段階を迎えていた。


「うん、美味い。助かったぞ大倶利伽羅、お陰で人前に出しても恥ずかしくない出来になった」
「自分の分を作るついでだ」
「礼くらい素直に言われておけ。それを渡す連中にも同じことを言われては敵わんだろう」
「……」
 どいつもこいつも、やたら自分を子供扱いする。主家を同じくした刀どころか、一期一振や長谷部といった男士までもが、まるで弟に対するかのような姿勢で大倶利伽羅に接した。始めのうちはそれを忌々しく思っていたのに、今では感覚も麻痺して反論するのも阿呆らしくなっている。この負の連鎖が始まったのは一体いつからだろう。

 ――あいつの馴れ合わないは鳴き声みたいなもんだ。あれで結構可愛いところも有るんで、まあ気長に見てやってくれよ。

「もうすぐ貞と光忠が帰ってくるな」
 がしゃん、と器材が音を立てて揺れる。作業台に突っ伏す長谷部の顔は腕に隠れていたが、髪の合間から覗く肌は耳の先まで赤々と染まっていた。名指しした二振りのいずれに反応したのかは問うまでもない。
「味については保証する。あれも、あんたと喋れないせいか相当落ち込んでいたから、いい加減に構ってやってくれ」
「ん……」

 長谷部の力ない返事を背に受けて、大倶利伽羅は再び内番に戻った。畑仕事もほとんど終わりに近い。目的の人物を訪ねるのは、それからでも遅くはなかった。


 ぴゅう、ぴるる。
 どこか間の抜けた音が途切れ途切れに聞こえてくる。不思議と懐かしさを覚える旋律に、鶴丸の瞼がゆっくりと開かれていった。
 金色の斜光がまどろみから醒めたばかりの眼孔を苛む。眩しさに幾度か目を瞬いて後、鶴丸はようやく部屋に居るのが己だけでないことに気付いた。

「起きたか」
「ああ……結構寝ちまったかね、これは」
「まだ日も沈んでない。非番なんだろ、大人しくしてたらどうだ」
「そんな寂しいこと言うなよ、せっかく伽羅坊が遊びに来てくれたんだ。お兄さんらしく全力で内番の労をねぎらってやるぜ」
「そんなところで全力を出すな」
 起き上がる鶴丸には構わず、大倶利伽羅は手にしていた樫の葉を口許に寄せた。ぴい、と高音が響く。節つけて奏でられる曲調は鶴丸に確かな安らぎを提供した。しかしながら、未だ記憶の断片は散らばったまま本来の形を紡ごうとしない。さて俺はこの音色をいつ、どこで耳にしたのだろう。そうこう鶴丸が頭を悩ませてるうちに演奏は終わった。

「へえ上手いもんだなあ! 今度は宴会のときにも吹いてくれよ」
「冗談言うな。あんたの方が上手いだろう」
「へ?」
「顕現したてのとき、俺と光忠を外に連れ出して「一度やってみたかったんだ」とか言いながら吹いただろう。さんさ時雨」
「あ」

 せっかく人の身体を得たのだから色々と試してみよう。
 渋る大倶利伽羅と苦笑する燭台切の腕を引き、鶴丸は半ば強引に庭の散策に出た。慣れぬ人の手足を動かし、感情を言葉にする喜びに酔い、最後には「人の身体でしかできないこと」と草笛を吹いた。
 始めはろくに音程も取れていなかったものが、数分もしないうちに曲の形を成し得たのは生来の器用さ故だろうか。感嘆する二振りからさらに驚きを引き出すべく、鶴丸は東北の地に馴染み深い曲を奏した。さんさ時雨、いつの頃からか祝いの席で歌われるようになった古い民謡である。

 曲が終わるのと入れ替わりに拍手が起こった。燭台切は目を輝かせ、大倶利伽羅も唇が微かに綻んでいる。観客の反応に相好を崩した鶴丸は、自分のとは別に樫の葉を取り出した。

「見ているだけじゃ物足りないだろう?」

 二振りが押しつけられた葉をおずおずと口許に運ぶ。鶴丸の再現とばかりに、やはり最初はどちらも音を鳴らすこともできなかった。暫くすると燭台切は簡素な曲なら吹けるようになったし、大倶利伽羅も大概の望んだ音を出せるようにまで上達した。
 流されるままに三振り揃って合奏したときには、ただ悪くないという印象だけが大倶利伽羅の中に残った。

 肉の器を得たところで、自分たちの根幹はあくまでも敵の身体を断つことに在る。人の真似事をして一体何の意味が有るのだろう。この疑問は今も晴れることなく大倶利伽羅の心中に沈殿し続けている。この「真似事」をはっきり不要なものだと斬り捨てられなくなったのは、大倶利伽羅が粟田口の短刀と遠征に出た頃からだった。

「たまたま部隊を分けて行動することになった。本隊とは久しく合流できなくて、一緒に居た秋田と五虎退は泣きそうになっていた。そのとき、居場所を知らせるつもりで草笛を吹いた」

 音が鳴るなら何でも良かった。大倶利伽羅が郷里に伝わる歌謡を選んだのも特に深い理由は無い。それでも不安に怯える短刀たちの興味を惹くには十分だった。凄い、他にも吹ける曲は有りますか。左右から容赦無く質問を浴びせられる。些か返答に窮したものの、先の不安を忘れたようにはしゃぐ二振りを見て、大倶利伽羅も知らず眉間の皺を解いていた。

「いずれにしろ時間が経てば問題は解決しただろう。だが、パニックも起こさず本隊の連中がこちらを見つけてくれたのも、草笛を習っていたからだ」
「そうか。芸は身を助けるとはよく言ったもんだな」
「元はあんたから教わったことだがな」
「大事なのはどこから得たか、じゃあない。どこで得た知識や経験を生かすかさ。伽羅坊はそこんとこよおく解ってるなあ。偉いぞ」

 感心したように白い太刀は上体を伸ばし、旧友の頭をぐりぐりと撫で回す。その腕は鬱陶しげに振り払われたが、鶴丸は気にした様子も無い。

「そうやってすぐ子供扱いするな。確かに鍛刀された時代はあんたの方が何百年か早かったかもしれないが、だからと言って保護者面される筋合いは無い」
「おっとこいつは手厳しいねえ。見逃してくれよ。昔から爺の道楽ってのは、辛気くさい詩を作るか、盆栽を弄るか、若者を可愛がるかのどれかって相場は決まってるんだぜ?」
「俺は一人でやっていける。守られるつもりはない」

 立ち上がり、竜の刀は朋友の部屋を出て行った。
 大倶利伽羅が鶴丸を訪ねた理由は未だ明かされていない。草笛の腕を披露するためだけに起床するのを待っていた、なんて殊勝な真似をする刀ではないだろう。鶴丸が旧知の行動を図りかねていると、再び廊下側の障子が開け放たれた。大倶利伽羅が手にした盆には和菓子と湯呑みがそれぞれ二振り分用意されている。

「料理は光忠から、草笛はあんたから習った。俺は一方的に教わるばかりで、あんたらからすればさぞ頼りない刀に見えたんだろう」
「そんなつもりはないさ。光坊は単に世話好きなだけで、俺は俺がしたいようにしてるだけだしな」
「そう思うならつまらん気など遣うな」
 ふと視線を落とした先に、樫の葉を弄ぶ褐色の指先が有った。この竜の刀が手遊びに興じるような質ではないのを鶴丸もよくよく心得ている。

「あんたが忘れても、俺はあのときの笛の音を覚えている。そのお陰で秋田と五虎退も救われた。そっちが思ってるよりずっと、人の真似事だって上手くなった。それでもまだ俺を頼りないと思うか、己の背を預けるのに不足と感じるか鶴丸」

 木の葉が卓上に落ちる。役目を終えた草笛は主人同様に口を閉ざし、ただ一人の観客を不満げに睥睨していた。

「か」
「茶が冷めるぞ」
「伽羅坊! さっきの台詞もう一回! ワンモア! 俺だって鶴丸お兄ちゃんと一緒に戦えるもんってところから再現頼む!」
「事実を捏造するな。要らんなら俺が二人分食べる」
「あー! 食べる! お爺ちゃんも伽羅坊と一緒にお八つタイムしたいなあ!」
「爺なのか兄気取りなのかハッキリしろ」

 都合に応じて立場をころころ変える同朋に大倶利伽羅が呆れ返る。注意深くその口の端を窺ってみれば、仄かに歪んで微笑の形を取っていた。
 旧友の小さな変化に気付く男士は未だ多くない。ただ、その数も遠からぬうちに増えていくだろうと鶴丸は確信していた。何せこの弟分は、作る料理も奏でる笛の音もそれはそれは絶品なのである。供された和菓子に舌鼓を打ちながら、鶴丸は身辺がより一層賑やかになりそうな予感に震えていた。

「こいつは美味い! しかし伽羅坊、このわらび餅はどうしたんだ。歌仙にでも作ってもらったのか?」
「作ったのは俺だが、見覚えないのか? てっきり、あんたが一期一振と一緒に食べるために拵えたものだと思ってたんだが」
「ん? 何で一期だ?」
「何時間か前に一期一振の部屋で茶菓子を馳走になった。そこで同じものを食べたんだが、長谷部に聞いたらあんたが作ったものだと言っていた」
「待ってくれ、どういう話の流れで長谷部からその情報を聞き出したんだ。伽羅坊、そこのところ相当重要だから詳しく頼む」
「別に、あいつが鶴丸が作っていた料理を再現したいと言うから、俺も……一期一振の茶菓子を食べてしまった分は作り直そうと、ついでに作業を手伝っただけだ」
「…………」

 俺が美味い美味いって今食ってたのオナホかよ!!!!

 という嫌な驚き以上に、鶴丸は突き刺すような悪寒をその身に味わっていた。
 長谷部は何故俺の料理を再現しようなんて思った? それも伽羅坊に協力を頼むほどの必要に駆られて? 主に出すつもりか? それとも単なる好奇心?
 煩悶する鶴丸だったが、実のところ真相に心当たりが無いわけではなかった。しかしそれを口に出して正誤を問う勇気は無い。今はまだ仮説の段階でも、仮に事実と合致したならば自分に明日という名の未来はやってこないだろう。

「特に約束事が無いならいい。貞と二人で好きに食べてくれ」
「あの、光坊の分は……?」
「あんたにしちゃ無粋なことを言うな。光忠の分は長谷部が作ったに決まっているだろう」

 鶴丸は形振り構わず室外に転がり出た。まさに脱兎の勢いである。呆気にとられた大倶利伽羅は一拍遅れて友人の後を追った。彼が縁側を覗き込んだときには、もうどこにも白い太刀の姿は見当たらなかった。

 今からでも長谷部を訪ねて誤解を解くか? ノー、昼間からオナホを作っていたことが知れれば打ち首獄門が確定する。
 それとも光坊が帰る前に盛りつけを済ませよう、と長谷部に持ち掛けてみるか? ノー、何故なら既に遠征部隊の帰還を告げる光が庭先に見えている。あの歩く長谷部発見器より先にターゲットと接触できるか? 賭けとしちゃあまりに分が悪すぎる。今となっては長谷部がXをXのままに取り扱わないことを祈るばかりだ。

 鶴丸が雲隠れを決めて物置に身を潜めたとき、大倶利伽羅は太鼓鐘ともどもオナホX黒蜜きなこ添えの味を堪能していた。

 

 

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