短文まとめ / 二 - 2/4

前田刑事の事件簿~犯人は燭台切~

 

「犯人は貴方です!」

 真っ直ぐ伸びた指を突きつけられ、燭台切は鍋を掻き回す手を止めた。気候も穏やかな春の昼下がりである。二時間かけて真相を探るような血生臭い事件とはおよそ無縁だった。

「全く以て身に覚えがないけれど、一体どんな容疑をかけられてるのかな?」
「ほほう、とぼけるおつもりですか。既にネタは上がっているんですよ」
 前田が一歩下がると同時に別の人物が前へと進み出る。燭台切は思わず目を疑った。戦場では腹に風穴が開いても猛然と得物を振るう彼が、今は背を丸めて目元にハンカチまで宛がっている。

 同僚、長谷部のらしからぬ態度を見た燭台切の結論はシンプルだった。時は四月一日、エイプリルフールである。
 既に燭台切は馴染みの白い太刀を返り討ちにしていた。本物の鶴を持ち込んで「できちゃった婚なの」とのたまう男を見た後では、多少のおふざけくらい可愛いものである。燭台切はこれから始まるだろう寸劇に備え、腹筋に力を入れた。

「では長谷部さん、お辛いでしょうが事情をお話し下さい」
「はい、あれは先日のことです。私は彼と一緒に畑当番に任命されていました」
 確かに二日前の畑当番は燭台切と長谷部だった。今日と同じく快晴で、春キャベツがいつもより多く収穫できたこと以外に特筆すべき点はない。
 果たして長谷部の口から何が飛び出すのか、燭台切は期待半分で見守った。

「土仕事だろうと主命は主命。私は全身全霊をかけて主の畑を世話しました。しかし集中しすぎて顔が汚れていることにも気付いていなかったのです。彼は、燭台切は、そんな私に向かって……! あろうことか「土、ついてるよ」と、自らの指で汚れを拭ってきたのです!」

「それは酷い! あの顔面にあの声でそんな仕草をされては誰だってトキめいてしまいます!」
 感極まった長谷部が両手で顔を覆う。極まっているのは感ではなく茶番だが、盛り上がる二振りを止める者はいない。主に燭台切が面白がって否定も肯定もしないためである。

「弁明はありますか燭台切さん!」
「いや? 長谷部くんの証言に嘘はないよ」
「では罪を認めるのですね」
「罪って?」
「当然、長谷部さんの心を奪った罪です! トキメキ有罪です!」
 言いながら前田は懐から手錠を取り出した。小道具の充実に舌を巻く燭台切だが、黙って逮捕されるつもりはない。

「うーん、そうだねえ。これで僕の有罪が確定するなら長谷部くんも同じかなあ」
「何だと?」
「だって僕は初めて会ったときから、長谷部くんにココ、盗まれちゃってるからね」
 黒い革手袋の先が自らの左胸をつつく。長谷部、前田の両名に衝撃が走った。一方は色を失し、一方は目を爛々と輝かせている。落ち着き払っているのは、この場で燭台切ただひとりだけだった。

「つ、罪から逃れようと口から出任せを言うとは見損なったぞ燭台切!」
「嘘なんかじゃないさ。ほら触ってみてよ、すごくドキドキ言ってるだろう?」
「ふぇっ……! こ、これはセクハラ! やめろ燭台切、これ以上罪を重ねるんじゃない!」
「君が裁いてくれるなら僕は喜んで†咎人†の名を頂戴するよ」
「お前絶対楽しんでるだろ! ひっ抱きつくな、くそ剥がせない馬鹿力め! 前田! 現行犯逮捕だ前田ァ!」
 叫ぶ長谷部が周囲を見渡すも、刑事の姿は既にどこにもなかった。

「後は示談でお願いします」
 聞こえるはずもない独り言を呟き、前田は外套を翻した。
 広縁に桜の花びらが一枚、二枚と落ちる。今日も本丸は平和だった。助けを求める悲壮な叫び声などあるはずもない。きっと後日には桜の木の下で仲睦まじく寄り添う二振りの姿が見られることだろう。ドラマの最後はやはりハッピーエンドが望ましい。そもそも嘘をついたのは長谷部の方である。その結果として処女を失ったとしても因果応報というやつだろう。

 まあ何はともあれ、お幸せに。被疑者と被害者の前途を祈りつつ、前田はクールに去った。