錬結用の刀とねんへしの話 / 番外篇 - 2/3

企画協力:亀甲貞宗

 

 

「検査の時間だよ、囚人番号一一八」

 薄闇の中で鈍い光を睨めつける。暗がりの中でも自己を主張して已まない彼の色はひどく美しい。男の作り物めいた尊顔にはよく似合っている。
 眼帯に覆われて一つしか見えないのも、或いは神の采配かもしれない。太陽も月も二つ有っては価値が損なわれる。隻眼の美丈夫は、片目を失った代わりに至高の芸術をその身に宿したのだ。

「やれやれ、僕だって暇じゃないんだからあまり手間を取らせないでほしいんだけどな」
「ふん、囚人の世話なんて雑用同然だろう。どうせ他にやることもないくせに」
「君があまりに聞き分けがないものだから、僕がわざわざ出向く羽目になったんだよ。お陰で君も良い目を見ることができたんだから感謝してほしいな」
 首元から垂れる鎖をぐいと引っ張られる。膝立ちを強いられた俺と、屈んだ看守との距離が一気に縮まった。

「ほうら、まずはトイレからだ。上手にできたら褒めてあげるよ」
 股間に男の爪先が食い込む。遠慮なく、しかし力加減を弁えた催促に四肢が震えた。
 恐怖ではない。淫蕩に慣れた中心が叫ぶのは、官能への期待のみだった。

「もう一回言ってあげようか? その小皿に放尿しろ、囚人番号一一八」
 服を着るのは人間の特権だ。犬や猫には首輪一つで十分だろう。剥き出しにされた俺の性器は、飼い主の言葉に反応して先端を濡らしていた。

「あれ、お漏らしかい。ダメだなあ、トイレはあっちだよ」
「っく、こんな状態で、出せるかッ……」
「なあに、聞こえなかった」
 鋭い打擲音が響く。尻をばしんと叩かれ、痛みに悶絶した。心地良い痺れが腰の奥に伝わり、床にまた新たな染みを作った。

「さあ可愛くて賢いワンちゃん、今度こそトイレに上手くおしっこしようね。返事は?」
 再び尻を撲たれ、腫れた皮膚を打って変わって優しく撫でられる。その落差で生み出されるのは堕落の誘いだ。
「わ……ん」
 俺が弱々しく鳴くと、ご主人様は満足げに微笑んだ。
 ああ、今宵もまた、最低で最悪で、最高に愛おしい時間が始まる――

 

「ねんくんはこんなこと言わない!」
 引きちぎられた冊子のなれの果てが空中に舞う。汚い紙吹雪の中で燭台切は大いに叫んだ。近くで作業していた長谷部も上司の突然の奇行に目を瞠っている。

「何があったか知らんが、ちゃんと後片付けはしろよ」
「ちょっと長谷部くん! こいびとがいきなり暴れ出したんだから、事情くらい訊いてくれてもいいだろう!?」
「心底関わりたくない」
「君が顕現した二振り目が監獄調教ワンワンプレイのご主人様役になってるって知っても無関心を貫くつもりかい」
「心底聞きたくなかったが、同意の上でのプレイなら問題ないだろう」
「解釈違いも甚だしいよ! 僕の可愛いねんくんがこんな不埒なごっこ遊びに身を染めてるなんてお父さん許しませんからね!」
 ねんへし謹製のドスケベ脚本はこうして闇に葬られた。

 しかし一振り目は知らない。従者がうっかり書類と間違えて渡した冊子は、所詮原案に過ぎないことを。離れで行われる二振りの営みにおいて、件のプレイは氷山の一角でしかないことを。彼らに触発され、恋仲の長谷部が実は多少激しめの夜を過ごしたいと考えてることなど、一振り目の燭台切は知らないままである。