錬結用の刀とねんへしの話 / 番外篇 - 3/3

姫始め ~寅年~

 

 

 注意深く周囲を観察する。自慢じゃないが勘は鋭い方だと思う。戦場で培った経験が告げている。これは容易ならぬ事態だ、と。
 いわゆるオカルトじみた事件に巻き込まれることだって珍しくない。怪異や呪物の気配は感じられないが、おそらく今回もその類だろう。

 そうでなければ、あの堅物で真面目で素直じゃない御刀様がこんな行動に出るはずがない。

「なに明後日の方向を見てるんだ」
「いや……欄干の辺りに謎の指示が書かれた額縁でも掛かってないかなって」
 セックスしないと出られない部屋とかよく聞くし。本当にそんな部屋があるなら、好きな子が別の男を囲う前に閉じ込めてほしかった。

 過ぎたことはさておき、見慣れぬ家具が増えたり飾られたりはしていない。硝子戸から覗く庭先は白く霞んでいる。鏡石の上に置かれた雪うさぎは、昼間に粟田口の兄弟が拵えたものだ。紛れもなく、ここは数年ほど親しんできた自室である。

「で? その左目で何が見えたんだ」
「長谷部くんが虎のコスプレして布団の上に鎮座している宗教画」
「明らかに邪教だな」
「全財産叩いて寄進するよ」
「カルト集団が形成される仕組みをリアルタイムで教授するな」

 淡々とした受け答えを聞いていると、まるで僕の方がおかしいみたいだ。だが待ってほしい。
 確かに日中は皆でお屠蘇を嗜み、新年を祝う名目で大いに盛り上がった記憶がある。中には羽目を外しすぎた刀もいたが、僕はむしろ彼らを宥める側に回っていた。酒精は付き合い程度に控えていたし、今や完全に素面である。
 少なくとも、虎耳に尻尾まで着けた長谷部くんに狂刃扱いされる謂われはない。

……ところで、その格好はどうしたんだい長谷部くん」
「見ての通り、虎だ」
「そうだね、可愛い可愛い虎さんだね……何でまた、そんな格好を?」
「今年の干支は寅だからな」
 納得できるようで全く納得できない返しだった。そんな理由で肌を晒すには一月の夜は寒すぎる。素材はそこそこ保温性が高そうだが、首や二の腕、太ももを露出していては焼け石に水だろう。

 現に、暖房の効いた室内に入るまで長谷部くんは歯をがちがちと鳴らしていた。さぞ大事な用件だろうと、部屋に招き入れたらこの様である。
 脱ぎ捨てられた羽織が褥の上で紙屑同然に折り重なっている。この場合、どういう言葉を掛けてやるのが正解なんだろう。僕の今年の抱負は、長谷部くんになるべく優しくする、だ。ここで誘惑に負けては、心に打ち立てた目標が早々に瓦解する。

 きっと長谷部くんは酔ってるか、誰かに担がれたんだろう。生憎と上げて落とされるパターンは散々経験してきた。正月早々騙されてなるものか!

「長谷部くんのイベントを大事にするところ良いと思うよ」
「お気に召したか」
「とても。ほうら、顎ごろごろしてあげる」
 掌を伸ばし、見よう見まねで覚えた猫のあやし方を実践する。半ば冗談のつもりだったが、長谷部くんは僕の手を拒まなかった。それどころか、喉を鳴らして恍惚まじりの息を漏らしている。

 まずい。このままでは虎穴に押し入り、虎子を得るような行為をしてしまう。いや駄目だ、僕はまだ人の皮を被っていたい。
「ん」
 目を眇めた長谷部くんが僕の手を取る。やがて己の指先は赤い唇の狭間に吸い込まれた。ちぅ、と湿った音が触れた場所から響く。柔い舌が皮膚を這ったときには、温かな咥内を乱暴に掻き回していた。

「ン、んんんぅ!?」
 見開かれた藤色の瞳には驚愕が浮かんでいる。心外と言えば心外だ。侵入を許したのは向こうなのだから、当然蹂躙も覚悟の上でなければおかしい。
「はは。虎にしては可愛いらしい牙だね、僕の指だって噛み千切れないんじゃないかな」
 もう一方の手で白い頬を抱え、犬歯の輪郭を辿る。ひゅうひゅう、と乱れた呼気が虎口から吐き出された。これほどの屈辱を味わいながら、肉食獣の装いをした刀は些かも反抗しない。

「しゃぶってごらん。上手くできたら、もっと美味しいものを食べさせてあげよう」
 動きを止め、応えを待つ。獲物の自覚を持った虎は、喜々として男の指に奉仕を始めた。

 二色の縞模様が小刻みに揺れる。いかにも安っぽい飾りだが、こうして眺める分には悪くない。作り物とはいえ、上下する煤色に合わせて動く耳はいっそいじらしく見える。

「んっ、れ、はぁ……でか」
 張り詰めた雄を吐き出し、虎が唸った。熱っぽい息が屹立を撫でるも、施される愛撫は先刻に比べ拙い。理由は極めて単純だ。我が自慢のこいびとはお口のサイズまで可愛い。指ならともかく、僕のを奥まで咥えるのは難しいだろう。

「ほらほら頑張って。虎なんだからお肉は大好物だろう?」
「虎らしく噛んでいいのか」
「今それを噛んで困るのは君の方じゃないかな」
 視線を添え物の耳から細い腰元へと移す。小ぶりな双丘を覆う布地は、或いは下着よりも頼りない。その僅かな面積を押し上げるように、白毛まじりの尾が垂れていた。
 根本はどうやって固定してるんだろう。好奇心とちょっとした悪戯心から手を伸ばす。会陰から狭間をのぼり、尻尾の付け根をまさぐった。

「ひァッ!」
 布越しに後穴を押して、違和感に気付く。微かに認められる膨らみは、確かに長い飾りの終着点を指していた。
「ぁ、や。おすな、ァん、だめだってぇ……!」
 悶える身体を無視し、裾から忍ばせた手で尾を掴む。異物を埋められた秘所が濡れた音を立てた。下衣を少しだけ捲り、局部を露わにする。いつもは慎ましやかな縁は、とうに口を広げて男を誘っていた。

「これ、自分でやったんだ?」
 返事はない。問いを重ねる代わりに、深々と刺さる虎縞の杭を軽く引き上げた。
「ッ~!」
 柔らかい繊毛の下から無機質な筒が現れる。彩度の高いピンク色は滑りを帯び、胴体をてらてらと光らせていた。

「食いしんぼうな虎だねえ」
「ヒッ!」
 抜けかけた楔を再び腸内へと押し込む。張形のように男根を模してはいないのか、前後に動かしても引っかかる様子はない。凹凸に恵まれない分、刺激に欠けるらしく、長谷部くんはもどかしげに腰を振っている。

「う、ぅぅッ……も、やらぁ……ッ! ぬいて、くれ……
「抜く? これを入れたのは君だろう?」
「ひゃぁッ! ら、って、説明書にはそうしろって」
 なるほど、見れば前立て部分がダブルジップになっている。虎の衣装を脱がすことなく身体を繋げられる、実に機能的なデザインだ。もし女人が相手なら、前を犯しながら尻尾で後孔を責めることもできただろう。さて僕らの場合はどうしたものか。挿入のためとはいえ、重要なアタッチメントを外してしまうのは避けたい。

「あ。良いこと思いついた」
「お前がそれを言って良いことだった試しがない」
「信用ないなあ。お互いにとって得になる名案だよ」
「酷い目に遭わされる前にこれ噛んでおくか」
「へえ、今夜はおもちゃで満足するつもりかい? 謙虚だねえ」
 尾と筒の境目を持ち、熱のない金棒で腸内を掻き回す。長谷部くんは瞳孔を開き、がくがくと腿を震わせた。僕の指先が緩やかに円を描いては、不明瞭な言葉が寝所に響く。

「やァあッ! かまない、ちゃんとする、からァっ……!」
 赤い舌が弱々しく砲身を辿る。溜まった唾液が先端の窪みを濡らした。
 舌で、唇で、咥内で、長谷部くんはその小さな口を駆使して怒張に潤いを足していく。彼の奉仕はお世辞にも上手いとは言えない。ただ、後に自身を犯す男根を健気に高める姿は非常にそそられる。紳士で通っている僕ですら、つい加虐的な思考に傾いてしまうくらいには魅力的だ。

「あはは、大丈夫だよ。上手くできたら指より美味しいもの、食べさせてあげるって約束だからね」
 尾を離し、ぐずる長谷部くんを褥に横たえる。組み敷いた身体はどこもかしこも赤い。窮屈そうに布を押し上げている中心を擦れば、湿った音と叫声が混じり合った。
「ンゃ、アっ! おすの、や、ンんんッ」
 直接的な刺激に堪えかねて長谷部くんが背を丸める。忙しなく両脚を擦り合わせ、どうにか快楽をやり過ごそうと必死だ。もっとも内腿に僕の手を挟んだままなので根本的な解決になってない。跳ねる身体を無視して、滑りを増す陰部をごりごりと撫でさすった。

「ッ、ああああああぁあァ!」
 くの字になった長谷部くんが激しく痙攣する。次いで掌越しに感じていた硬さが失われた。立ち上る精のにおいが鼻腔を抜ける。一週間ぶりに味わう長谷部くんの神気は、想像していたよりずっと濃い。

「はぁ、ア……ふぇ……?」
 脱力しきった身体を背後から抱え、四つん這いにさせる。ジッパーを尾の付け根まで下ろし、晒された肌にすっかり昂ぶった肉茎を宛がった。
「ッ!? まて、まず後ろの抜いてから……!」
「はは、まさか。トカゲじゃあるまいし、そんな簡単に尻尾を切っていいわけないだろう?」
「ばっ、ひぎッ……!?」
 金属の筒を頬張ったままの縁が歪む。強ばる肩や漏れた悲鳴とは裏腹に、熟れた後膣は僕の先端に吸いつき、さらなる陵辱を歓迎した。

「っ、ふ……き、っつ」
 腰を突き出し、ただえさえ狭い路を押し広げていく。戦く肢体に合わせ、かりそめの尾が不随意に揺れた。僕が胎を犯せば犯すほど、先に受け入れた筒もより内壁を圧迫する。動かず、触らず、体外にある飾り物の毛を掬った。ただそれだけでも刺激が伝わるようで、尻尾を撫でるたび掴んだ腰がびくびくと跳ねた。

「は、ァ――ふッ、ゥう゛……! む、り。はいらない、おなか、も、いっぱ……だからァ」
 鼻を啜りながらの、不明瞭な嘆願が耳に届く。こちらを顧みる長谷部くんの目は潤み、口端は零しただろう唾液でしとどに濡れていた。うーん、困ったなあ。正直その表情は、腰に来る。
「ァ゛!? い、ぁ゛あッア゛ァああああ!」
 傘の根本まで肉鞘に埋もれた。最も太い箇所を超えてしまえば、後はさほど苦労しない。突き当たりまで収め、嘗てない衝撃に震える身体を揺さぶった。

「ひぐ、ンぁ゛ッ! くるし、ッ、あ゛……! らめ、まっで、しょくら、ぁア゛!」
 さすがに普段より動きづらい。激しく中を穿つのは諦め、密着したまま臓腑を掻き回した。注ぎ足した油が僕らの境目から溢れる。ぬちゅ、と透明色の珠が虎縞の尾に達した。柔らかい毛が湿り気を帯び、仄かに色を変えていく。徐々に重さを増しているはずの尻尾は、寧ろ先程よりも跳ね方がひどい。

「わあ、長谷部くんってば腰揺れてる。お腹ぎゅうぎゅうにされるの、もう慣れたんだ?」
「っ!? ちが、アッ! う゛、あ~~~ッ!」
「嘘はいけないなあ。前もこんなにガチガチにして」
 下履きに指を滑らせ、長谷部くんの形を辿る。随分な仕打ちをされているにもかかわらず、手にした性器は蜜を含み、快楽を叫んでいた。

「本当に苦しいだけなら抜くけど」
「なッ! ぁ、や……!」
 ゆっくり、時間を掛けて繋がりを浅くしていく。柔軟な襞と硬質の筒に挟まれた帰路は、いつにも増して窮屈だ。挿入する側の僕でさえかなりきつい。受け入れる側の長谷部くんなら尚更だろう。掌中の陰茎が今も昂ぶったままでなければ、冗談抜きに行為を中断していた。
 結果として、腸壁は僕に縋りつき、彼の中心はなおも仰向いている。項垂れているのは枕に突っ伏した長谷部くんと、後口から下がる尻尾くらいだ。可愛い可愛い虎くんが何を望んでいるかなんて、確かめるまでもない。

……ぬ、いてくれ」
 ぐさり。
 えっちなおねだりを期待していた僕の心臓に槍が突き立てられた。えっ嘘だろう、顔も身体も「抜いちゃやだ、もっとして」って言ってるじゃないか。そこは意地を張らずに雰囲気に流されてくれていいんだよ長谷部くん。

「こんなの……や、だ。おれは、こんなつもりで、こんな服、きたわけじゃ」
 こいびとの語尾が枕に吸い込まれる。背に氷を押し当てられたような気分で、まだ半ばほど埋まっていた一物を引き抜いた。
 あがる嬌声を余所に、色づいた周縁とその内側を見遣る。追い出された僕とは違い、無機質な金属の棒だけは変わらず彼の中に残されている。理不尽だ。所詮やつはオプション、主役を差し置きスポットライトを浴びていいはずがない。

「じゃあ」
 不届き者、もとい尾の付け根を握る。
「君はどういうつもりで、こんな服を着てきたのかな」
「ンぁアッ!」
 体液と油に塗れた芯をぎりぎりまで引き抜き、再び押し込む。緩急も何もない、単純な往復行動を代用品で繰り返した。
 長谷部くんは、手前の痼りや奥を嬲られるのが一等好きだ。それと知っていながら、僕はひたすら同じ速さ、同じ動きで筒を操る。

「あ、あッうぅ……! やンッ、ぁあ!」
 しかし響く長谷部くんの声は甘い。拙い愛撫で、人の温もりを有さない玩具で、しどけなく乱れている。彼が高みに近づくたびに、己の内側が冷えていく心地がした。
「しょく、あッぁああ……! やだ、いく、いきたくないぃッ」
 「どうして?」
意図を尋ねながらも手は止めない。後ろはおろか、前にも刺激を与えて僕はさらに絶頂を促した。
「ぁ、アぁや、あああああああああぁあ!」
 てのひらの中で飛沫が弾ける。覆い被さった肢体が幾度も跳ねて、褥に沈んだ。
 手を開く。一度目より薄いものの、内側にはべとりと白濁がこびりついていた。
 指の間から余韻に浸る長谷部くんを眺める。収縮を繰り返す孔、珠の汗を浮かべる剥き出しの背、荒い息遣いを伝えるかんばせだけは、乱れた髪と交差する腕で見えない。

「あはは、いっちゃったねえ長谷部くん」
 滑りを広げ、指の狭間でにちゃにちゃと音を立てる。さて、彼はどんな恨み節を聞かせてくれるだろう。
 二指を繋ぐ白い糸が視界を分かつ。か細い声があがったのは、粘ついた橋が壊れるのとほぼ同時だった。

……った」
「うん?」
「ぬけ、っていった」
「うん、だから抜いたよ?」
「ちがう。わかってるくせに、ひどいやつだ。ばか、ばあか」
 時折鼻を啜って、長谷部くんは僕の不実を詰る。少しむっとした。意地悪だとか苦しかったとか言われるなら判るが、要望に応えたことで糾弾されるのは納得いかない。

「まさか尻尾のこと? 前もってアレを入れてきたのは長谷部くんの方だろう。それに、せっかく虎の格好をしてきてくれたのに、自分から虎要素削るなんて有り得ないよね」
「しっぽぐらいなんだ」
「なんだ、って。コスプレの醍醐味がわかってないなあ、長谷部くんは」
「そんなものしるか。おれはただ、お前がよろこぶとおもってきてきたんだ」
「目論見通り大歓喜だったよ」
……うまくさそえたら、ことしはたくさん、かわいがってくれるかもって」
「今年もたっぷり可愛がるし、さっきも可愛がったつもりだけど」
「おれは、お前に愛されたかったんだ。あんな棒きれ、およびじゃない」
 不意に長谷部くんが仰向けになり、僕の襟元を掴んだ。がつん、と硬質の感触が歯に当たる。

「それに、あのかっこうだと口が吸いづらい」
 離れた唇が再び僕の膚に触れる。されるがまま口づけられて、ようやく気付いた。今夜は、いや今年に入ってから僕らは一度も唇を合わせていなかった。
 背中に腕を回し、僕より細い身体を抱く。懸命に咥内をまさぐる舌を捕まえ、表裏問わず、差し込まれた肉の感触を味わった。

「ん、ンぅ、ぁ……
 奉仕の名残か、多少苦く感じる唇を思いきり貪る。性器を介して繋がっているわけでもないのに、間近にある薄紫は先刻よりずっと愛欲に溺れていた。
「ふふ。はせべくん、キスすきだよね」
「うん、すき。これすき」
「僕のことは?」
「だいすき」
 すっかり蕩けた目が僕を射貫く。あれから放置され、熱を失いかけていた下腹部に忽ち火が点いた。自ずと下敷きにした腹に擦りつける形になるので、どうやっても長谷部くんには僕の変化を知られてしまう。

……こんどは、まえからしてくれ」
 恥じらうこいびとに請われて、拒める男などいるはずもない。鞘に収まったままの無粋な先客を追い出し、栓を失った秘部を一息に穿った。
「やぁあああッ! ァ、ふ――ぁン、やぁッはげし、いぃ」
 腰を大きく揺らし、一度目は可愛がれなかった場所を抉る。入り口が泡立つほどに激しく掻き回せば、連動して抱えた足が何度も虚空を蹴った。
「はッ、上も下もどろっどろでかわいいねッ、はせべくんッ」
 痛すぎるぐらいだった締めつけが和らぎ、襞が寄り添うように雄を扱く。温かく献身的な腸に舐られ、突き入れた半身が早くも吐精を訴えだした。
「ぁッあ、ァ! ん、しょく、ら、ぁン、やァッ!」
「は、ぁ~……まず、も、でるかも……ッ」
「ふぁ、して、だして。ア、はら、いっぱい、たねづけしてぇ……!」
……オーケー」
 長谷部くんの腰を浮かせ、その身体を二つ折りにする。より深く僕を受け入れられる体勢にして、まだ頑なな奥の壁を叩いた。
「あ゛、ッ、あ、おく、きた、や、あ゛あ゛ああぁぁ……!」
 貫いた肉の輪がぎちぎちと亀頭を絞りあげる。陰嚢から迫り来る衝動に抗わず、長谷部くんの胎内に精を撒き散らした。

「ぁ、あ――ぅ、ぁ……はら、しょくだいきりの、あつぃ……
 随分とのぼせた様子で長谷部くんが自らの腹を撫でる。その内側は絶えず蠢動し、注がれた種を熱心に食み続けていた。
「っはぁ……長谷部くんは、本当に食いしんぼうだねえ」
 なおも男根を苛む媚肉を指してからかう。僕の軽口に対する返事は、予想とはだいぶ色を異にしていた。
「ああ、もっとほしい……腹がいっぱいになるまで、たくさん食べさせてくれ」
 牙を失った虎が艶っぽく微笑む。

 そこから先の記憶は無い。溢れた精液で内腿が白く染まったとか、満腹を主張されても後口を犯し続けたとか、種が実ったときのために乳が出るよう胸を散々に弄ったとか、ぼんやり浮かぶ情景は果たして真実だったのか否か。
 夢と現との区別もつかないまま、僕は望まれた通り、全力で「餌付け」に励んだ。

 新年二日目の朝は、心地良い気怠さと共に始まった。
 隣には愛しい刀が一糸纏わぬ姿で横になっている。当然ながら、そこには虎柄の耳や尻尾は見受けられない。

「夢か」
 なるほど、良い初夢だった。あの長谷部くんが自ら虎の格好をして、姫始めに獣ックスをリクエストするなんて、現実では天下を取るより至難の業だろう。ある意味では信長公を超えたと言っても過言じゃないな。

 きっと今年は良い一年になる。好きな子が自分と同じ顔をした男を囲ったり、興奮しすぎて据え膳を不意にしたり、好きな子が自分と同じ顔をした男のために死地に赴いたり、好きな子の前でちんちんしか話せなくなる呪いに蝕まれたりなんて事態とは無縁の日々を送れるだろう。新年万歳、厄年よさようなら。僕はこれからも未来に生きていく。

「まあ、長谷部くんが自分からあんなイカれた格好するはずないよねえ」
 述懐しつつ、世のままならなさを噛みしめる。覚醒したせいか、布団越しにも睦月の肌寒さが迫ってきた。まだ起床には早い。傍らの温もりを抱き寄せ、後朝の余韻を愉しむとしよう。

 褥の中で腕を伸ばすと、ふと手の甲に何かが当たった。はて昨晩脱ぎ散らした服だろうか、と指先でその全容を確かめる。
…………え」
 緩く弧を描いたプラスチックの板きれ、両端にはそれぞれ柔らかな飾りが付いている。身を捩れば、さらに長くふわふわとした毛の塊のようなものが転がっていた。
……
 寝具から問題の品を引きずり出す。虎柄の耳および尻尾。動かぬ証拠を前に、僕は早朝から言葉を失った。

「イカれた格好で悪かったなァ」
 駄目押しとばかりに氷点下よりも低い声が耳に入る。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。
 牙を取り戻した獣に睨まれた僕は、いったい何を得られたのだろうか。
 敢えて言うなら、こいびととの甘い時間ではなかったことだけは確かである。

 

 

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