開かずの間にて - 3/6

 

 刀装が吹き飛ぶ。身を守る盾を失い、部隊の者は多かれ少なかれ手傷を負っていた。殊に小夜、太鼓鐘の被害は甚大である。当の二振りはまだいける、大したことないと主張しているが、歌仙と大倶利伽羅がそれを承知しなかった。保護者たちの息の合いように鶴丸はくつくつと肩を揺らす。

「撤退だ。主に連絡を入れよう」
 部隊長の指示に従い、燭台切は本丸とこの時代とを繋ぐ通信機を取り出した。手慣れた様子で操作するものの、時計を模した機械は一向に審神者の声を再生しない。故障を疑う刀たちの背後で砂利を踏みつける音がした。

「随分とタイミングの良いご登場だことで」
 剽げた口調にそぐわぬ、冷めた金色が殺気だった妖を睨め付ける。鶴丸の目配せを受け、燭台切は手にしていた絡繰りを短刀たちに渡した。

 撤退戦である。唯一残った歌仙の投石兵が敵を牽制し、怯んだ隙に白と黒の太刀が斬り込んだ。取りこぼした大太刀が凶刃を振るうより先に、龍の刀が敵の喉笛を貫く。
 与えられた肉の器が悲鳴を上げる。そうやって傷口が熱を持てば持つほど、四振りの目は一層輝いた。退くのが目的でありながら、彼らは敵を殲滅させる勢いで刀を振るう。今になって自らが捕食される側に回ったと気付いたのだろう、遡行軍の太刀筋に焦りが生じて見えた。その躊躇いが戦場では絶対の隙となる。勝敗は、決していた。

 健闘の甲斐有って、審神者の応答が無くとも帰還ゲートを開くことはできた。太鼓鐘の呼号を聞きつけ、短刀らを囲むように四振りが集う。
「! 待ってくれ、何かこいつおかしいぜ」
「どうした貞」
「ゲートが五振り分しか、作動してない」
 機械を弄る小夜の顔は蒼白としている。躍起になって何度も帰還プログラムを起動するが、装置はやはり六振り目の帰還を認識しなかった。

 そうこうしている間にも、敵の後続が現れては矢石を投じてきている。歌仙と大倶利伽羅は、迷わず光柱の内に小夜と太鼓鐘を押し込んだ。

「ありがとう二振りとも」
「礼を言われるようなことじゃあない」
 この状況下にあって燭台切は妙に落ち着き払っている。歌仙と大倶利伽羅は共に胡乱げな眼差しを向けた。存外似たもの同士の二振りは、図らずも同じ予感を黒い刀に抱いている。

「独断専行は良くないね、燭台切」
「同感だ。お前を置いていったら貞がうるさい」
「まだ何も言ってないんだけどなあ」
 笑いながら、燭台切は抜き身のままの本体を翻す。次いで刃を逆さにするや、鉄の塊を思いきり旧知の腹に叩きつけた。
「ぐッ……!?」
「お、大倶利伽羅!」
 その場に蹲る大倶利伽羅を案じ、歌仙の意識が一瞬燭台切から反らされる。その隙を突かれ、歌仙は大倶利伽羅ともども光の渦に放り込まれてしまった。

「やれやれ、最後の最後に仲間割れを経験するとは思ってなかったぜ」
「これもまた驚きってやつかい」
「こんな驚きは要らなかったなあ。きみみたいに図体のでかい男を黙らせるのは、少々骨が折れる」
「はは、そんな手間は取らせないよ」

 白い刀は肩を竦め、黒い刀は柄を握り直す。嘗て青銅の燭台をも断った業物は、今度こそ肉を斬るために振るわれた。見れば燭台切の左腕の肘より下が無くなっている。多くの修羅場を潜り抜けてきた鶴丸も、友の奇行には思わず言葉を失った。

「左腕だけなら、きっと持って帰れるはずだよ」
「本当に、こんな驚きは要らないぞ光坊」
「ごめんね鶴さん」
「長谷部に何て言えばいいんだ」
「そうだねえ――ご褒美のこと忘れないでね、とだけ」
 血糊をぼたぼた垂れ流しながら、黒い刀は奔った。

 伊達の刀は言っても聞かない連中が多い。全く以てその通りだ、と鶴丸は己の言葉に深く頷く。先頃、仲間を還すために光の中へ差し入れた燭台切の身体は焼けていた。

 機械は故障などしていない。始めから燭台切光忠は帰還すべき刀として認識されてなかったのである。それに気付いたからこそ、鶴丸は友の横暴を受け入れざるを得なかった。
 光柱が消え、本丸の庭先に五振りの刀が転がり出る。鶴丸は己の懐に目を遣った。友の形見は、鋼の塊に姿を変えていた。