開かずの間にて - 5/6

 

 あれからずっと泣き暮らしていたような気がする。長谷部は霞がかった頭で今日が何日か数えた。照明も付けず、閉め切ったままの部屋では日付感覚も狂う。支給された小型の電子機器で確認すれば、まだ先の出陣から三日と経っていなかった。
 それでも何をするにも無気力で、食事や入浴を疎かにしていた身体はどこかべたついている。これでは主の前にも出られぬ、と長谷部はようやく重い腰を上げた。
 汗を流し、水でも飲もうと厨の暖簾をくぐる。長谷部を驚喜の表情で迎えたのは、夕餉の準備をしていた歌仙と堀川だった。

「長谷部!」
「長谷部さん!」

 引き籠もっていた長谷部が余程気掛かりだったのだろう、二振りはすぐさま卓の上を片付け、支度途中の料理を次々に並べだした。何かいう間もなく長谷部は湯気の立つ晩餐の前に座らされる。
 正直なところ、あまり食欲は無い。しかし彼らの懇意を裏切りたくない長谷部は、差し出された品をゆっくりとだが咀嚼し始めた。
 歌仙、堀川の料理の腕は確かだ。不味いはずがない。それにも関わらず、長谷部の舌は彼らの力作を不思議と味気なく感じていた。

 ――ご飯が美味しく食べられるっていいよねえ、この身体を得て嬉しいと思った理由の一つはそれだよ。

 あの刀は、食事を軽んずる長谷部を優しく窘め、息抜きだ味見だと理由をつけては料理を運んできた。そうして交流を重ね、気付いたときには一人の男として強く惹かれていた。

 薄色の虹彩がじわりと露を含む。形振り構わぬ様相で厨を辞した長谷部は、とにかく一人になれる場所を探した。何の考えも無しに廊下を走り続ける。当然ながら突き当たりに至り、長谷部はとうとう行き場を無くしてしまった。立ち止まり、堪えていたものが溢れて足の先を濡らしていく。
 嗚咽を漏らし、ひっきりなしにしゃくりあげ、長谷部は童子のように泣いた。指先どころか手首まで濡らして顔を拭うも、涙は次から次へと零れて止まりそうにない。
 こんな姿を誰かに見られたくはない。理性はそう思うも長谷部の足は縫い付けられたように動かなかった。

 暫く金縛りが解けないでいるうちに、どこからか大きな物音が響く。泣くことも忘れてしまうほどの騒音でありながら、不思議と住人は誰も廊下に顔を出そうとしない。奇妙に思って音の出所に足を向ければ、そこは縁遠くなって久しい開かずの間の前だった。桟に触れる。襖はやはり、此度も長谷部を拒もうとはしなかった。

 音の正体はすぐと知れた。箪笥から落ちたのだろう桐箱が床に転がっている。割れていないことに何となく安堵しながら、長谷部はその中身を確認した。

 あ、と短く声が漏れる。震駭する男の顔を白銀が鮮やかに映し出していた。
 一部を欠いた金属片は、紛れもなく、彼の黒い太刀のものである。矢も楯もたまらず長谷部は駆け出した。

 俊足の向かう先は他ならぬ自室だ。袋に収めて大切に仕舞っておいたそれを引っ掴む。機動の限りを尽くして開かずの間に戻り、長谷部は刀の欠けた部分に男の形見を填め込んだ。
 あつらえたかのように凹凸が噛み合わさる。それを合図に、光が刀身を包み込んだ。見る間に鋼と鋼とが互いを繋いで一つとなる。
 そうして目映いほどの閃光が室内に満ちた。幻の桜が咲いては消えていく。光と花吹雪が収まった後には一人の青年が立っていた。

「ただいま、長谷部くん」

 甘い甘い低音が愛しい刀の名を呼ぶ。燭台切が手を伸ばすより先に、長谷部は男の腕の中に飛び込んでいた。

「おまえっ、おそいのは足だけにしておけよ……!」
 見慣れた戦装束を掴み、長谷部はその胸に頭を押し当てた。心臓は確かに脈を打っている。服越しに伝わる体温も、また鋼の身では持ち得ないものである。
 紛れもなく燭台切光忠はこの場に人の身体を以て存在していた。その事実が長谷部の胸をどうしようもなく熱くさせる。極まった感情は再び水滴となって、長谷部の頬を伝い落ちていった。

「ああ待たせちゃったよね、ごめんね」
「うるさい、あやまってもゆるさないからな、ぜったいにだ」
「許さなくていいから機嫌を直してほしいなあ」
「いっぱい抱きしめてくれなきゃことわる」
「可愛いの権化かな」

 己の胸に縋り付く刀を燭台切は力強く抱いた。揺れるつむじに口づけ、震える背中をあやすように撫で上げる。少しずつ長谷部の肩から力は抜け、瞼を腫らす涙もいつしかなりを潜めていた。

「ね、長谷部くん。遅くなったけど、僕はちゃんと約束は守ったよ」
「そう、だな」
「ご褒美、貰ってもいい?」

 長谷部の背を抱いていた掌が下がり、厚みのない臀部に宛がわれる。燭台の灯を点した隻眼は、戦場で見せるのと同じ光を携えていた。長谷部は男の刀身に貫かれる自身を想像して、腰を重くした。
 煤色の頭が垂れて肯定の意を示す。声に出して答えるには、あまりにも恥ずかしい問い掛けだった。

 長谷部の身体が褥に沈む。打ち棄てられて久しい寝具だが、不思議と黴臭さを覚えたりはしない。以前倒れて発見された置行灯も同様で、薄暗い室内に十分な明かりを提供してくれていた。

「い、今更だが」
「ん?」
 落ち着かない様子の長谷部に燭台切が相槌を打つ。その間も黒い革手袋はシャツのボタンを外すことを忘れていない。

「主に、お前が帰ったことを報告しないのは、まずくないか」
「まあ、良くはないよね」
「だったら、っぁ……!」
 首筋を吸われた長谷部が息を詰まらせる。先に主に報告してから、という提案は肌に跡を遺されるたび遮られた。

「~ッ! ばか、まぐわいなんてこれからいつでもできるだろ!」
「僕は今、長谷部くんを抱きたいんだよ」
 燭台切の掌が暴かれたばかりの皮膚を撫ぜる。己が擦るのとは全く異なる感覚に、長谷部の抗議の声も立ち消えた。緊張のあまり男の指の形まで強く意識してしまう。どう説得したものか画策する長谷部の思考は、乳頭を潰されたことで霧散した。

「ば、だか、さきにぃっ……! ほうこ、んんッ」
「そんなえっちな顔して主に会うの? 駄目だよ、長谷部くんが良くても僕は絶対許さない」
「あ、ああすうな、なめるな、ゆびではさむなぁっ……!」
 惑乱する長谷部の手が揺れる男の濡れ羽色を掴む。制止を求める指先は燭台切の髪を散々に掻き回した。それでも燭台切は長谷部の胸から口を離さない。生温かい舌に舐られ続けた尖りはすっかり芯を持ってしまった。そこを肉厚の唇で食まれてしまえば、長谷部はもう何も考えられなくなる。燭台切を挟む双脚が暴れて、何度も何度も敷布を蹴った。その都度、解放を求める下腹部を男に押しつけていることに、長谷部は気付いていない。

「まだ主のところに行こう、って言う?」
 一方の乳首を押し潰しながら燭台切は問い掛ける。胸を上下させる長谷部はもう息も絶え絶えだった。口端から零れた唾液を拭う余裕もなく、ただ首を左右に振る。その答えに満足した燭台切は、望まれるままに長谷部の腰から下衣を引き抜いた。

「ソックスガーター」
「……が、どうした」
「……良いね、悪くない」
「何が悪くないのか知らんが、しみじみと言うな」
 粘っこい視線を膝下に感じ、長谷部は居心地悪そうに身を捩った。燭台切は真顔でベルトの隙間に指を差し入れ、何やら興味深そうにしている。その静けさは、先まで執拗に胸を責めていた男と同一人物とは到底思えない。直接触れられることを期待していた中心部は、半端な熱を持て余して燻っている。

「燭台切」
「何かな、長谷部くん」
「もう靴下止めはいいだろ」
「どれだけ見ていても見飽きないけどね」
 恍惚とした表情を隠そうともせず、燭台切は長谷部の脚――正しくはソックスガーター――に恭しく口付けた。片足を持ち上げる格好になっているから、長谷部の先走りで濡れた下着も丸見えのはずである。それを無視して燭台切は脚への戯れを続けた。不快なわけではないが、欲している刺激とは程遠い。焦らされる長谷部はだんだん切なさよりも、男への怒りが勝ってきた。

「燭台切」
 最後通牒のつもりで呼び掛ける。ん、と返ってくる応答は想定通り気もそぞろだ。長谷部は抱えられていない足を浮かせ、燭台切の股間にその爪先を遣った。
「ちょ、はせ」
「だまれ、足フェチ。俎の鯉の気持ちを味わえ」
 ぐりぐり、と長谷部は遠慮無しに燭台切の中心を刺激する。服を押し上げる膨らみは、いよいよ窮屈そうにその存在感を主張してきた。急所を嬲られる燭台切の口から、耐えきれなかっただろう喘ぎが漏れる。長谷部は冷笑にも似た笑みで口唇を歪めた。
「はは、良い声で啼くじゃないか伊達男」

 調子に乗った。後に長谷部はそう述懐したが全ては後の祭りである。悪戯していた方の足を逆に捕らえられ、完全に組み敷かれた長谷部は手酷い反撃に遭った。拒む声も虚しく口淫され、吐き出した己の精を飲まされ、有無を言わさず自分で乳首を弄るよう強いられた。

「僕がいいって言うまで続けてね」
 と、条件付けられたため、長谷部は今もなお己の胸を責め続けている。やだ、もう許して、俺が悪かった、という嘆願は未だ聞き入れられていない。
 後ろを拡げる指がしこりを掠めると、乳首を摘む力も余計に入ってしまい、覚える快感も二倍になった。一度精を放ったはずの下腹部は、新たに垂れ流された雄汁で濡れている。お陰で香油を足さずとも後孔の滑りは自ずと良くなった。

「な、なあ、まだだめなのか」
「そうだね、どうかなあ」
「ひっ」
 くぱ、と長谷部の中に在る二指が隧道を割り開いた。隙間ができて、内側を埋めるものが足りなくなった肉筒は寂しさにひくついている。
「大丈夫そうだね。もういいよ長谷部くん、後は僕が弄ってあげる」
「いや、ちくびはも、かんべん、やぁっ」
「長谷部くん、どこもかしこも真っ赤だね、可愛い」
 膨れ上がった突起が音を立てて吸われる。胸に意識を持って行かれた長谷部は、己の内側から指が抜かれたことも判らずにいた。丹念に解された入り口を赤黒い熱がノックする。燭台切が少し腰を進めれば、長谷部の身体は柔軟にその熱を呑み込んでいった。

「え、うそ、はい、ッ、はいって、ひぃっ」
 途轍もない圧迫感に怯える長谷部と異なり、腹の奥は男を着実に受け入れていく。逃げ腰になる長谷部の手は男のものと絡められた。

「ん、頑張ってはせべくん、あと、もうちょっとだから」
「うう……むり、はいらない、もう、いっぱいいっぱいだ……」
「大丈夫、はせべくんはできる子だよ」
「うーうぅーっ、ッあああ!」
 黒々とした下生えが長谷部の尻に触れる。串刺しにされる心地とはこのようなものか。達成感と異物感とが複雑に入り交じる。感情の舵をどの方向に振っていて良いか判らなくなり、長谷部は燭台切の下でさめざめと泣き始めた。

「ばか、でかい、はらおもたい、むねがじんじんする、そうじてやさしくない、ばか、ばあか」
「ああ、ごめんね長谷部くん。苦しいよね、辛いよね」
「べつに、苦しいのも辛いのも、かまわない。でも、もっとやさしくしてほしかった。想像してたより、ずっといじわるだった」
「そこは素直に反省するよ。長谷部くんが可愛いからって、少しいじめすぎちゃった。ねえ、泣き止んでほしいな。前にも言ったけど、好きな子を泣かせる趣味は無いんだよ僕」
「このうそつきめ。いったい何度泣かせたら気がすむんだ」
「これからは泣かさないように努力するよ」
「……もう、二度と俺を置いていくなよ」
「約束する」
「置いていかれたら、お前のことなんて、ようしゃなく忘れてやるんだからな。思い出にして大事にひめておくなんて、してやらない」
「それは寂しいから、君が僕のこと絶対忘れられないように頑張らないとだね」
「いったな、期待値ガン上げしてやる」
「構わないよ。思う存分、期待してくれ」

 二振りはどちらともなく目を瞑り、唇を合わせた。角度を変え、飽きることなく互いの咥内を味わい尽くす。
 努力する、の言葉通り燭台切はその後長谷部を甘やかすようにして抱いた。ゆっくり、それこそ長谷部が焦れるほど慎重に事を進めたのである。待つのは得意でも好きではない長谷部が痺れを切らすまで、そう時間は掛からなかった。

「女じゃあるまいし、もっと乱暴に扱っても俺は壊れたりしないぞ。だから、その、優しすぎるのも限度が、ある」
 それから先は獣の交歓も同然だった。長谷部は身も世もなく喘ぎ、燭台切は喰らい尽くす勢いで目の前の肢体を貪る。燭台切が長谷部を解放した頃には、共に何度交わったかも覚えていなかった。幾たびも精を注がれた後穴から白濁が垂れる。それらを掻き出す最中、なんて両極端なやつだ、と長谷部の小言が延々続けられた。その表情が満更でなかったことは、燭台切だけが知っている。